「筆算」の手順、説明できますか?




 とあるご縁で、神奈川県内の公立高校の数学の授業を拝見する機会があり、そこで興味深い経験をしました。

 この高校は偏差値が42程度で、やはり勉強に意欲的になれない生徒が多いのですが、見せていただいた授業は特に数学が苦手な生徒が受講する選択科目でした。教室にいる生徒は3人のみです。小学校のかけ算九九はおろか、足し算引き算も指を使って数えながら計算しないと分からない、という状態の生徒さんです。

 その授業では「引き算の筆算の手順をお互いに説明し合う」という活動が行われました。しかしその生徒たちの行なう筆算の手順が、小学校の教科書に載っている一般的な方法とは異なるのです。画像は、ある二人の生徒A、Bの手元を再現したものです。生徒たちは、共通して以下のような手順を踏んでいました。
① まず全体を見て縦で数字を比較したとき,引けない位がないか探す。
② 引けない位があったとき,被減数の上に「10」と書き,左隣の桁の値から1だけ引く。
③ ②を繰り返し,すべての位で「大-小」の形になることを確認する。
④ 各位ごとに引き算を実行する。

 ①~③は,要するに「繰り下がり」が起こらないように予め調整する操作で、④で繰り下がりを気にせず安心して引き算を実行するという流れです。一の位から順番に計算し、必要ならその場で繰り下がりを実行する一般的な方法と異なることが分かります。

 ただし④では、生徒Aは千の位から順に計算し、生徒Bは一の位から順に計算するという違いが見られました。
 これについて生徒Aは「どっちから計算してもいいけど、数字はふつう左から右に書くものだから、計算も左からやってる」というような説明をし、対して生徒Bは「右から計算するって小学校で習った気がするから、右からやるものだと思っている」と説明しています。
僕が生徒Bに、「ということは、右から計算しないと不都合なことがあるのかな?」と聞くと、「そう、よくわからないけど何か不都合があった気がする」と説明しました。

これ、どう思いますでしょうか。

 一の位から計算する生徒Bの方が、教科書的な手順により近いので、より筆算を理解しているように見えるし、実際、生徒Bの発言からも、小学校での学習の記憶が少し残っていることが伺えます。しかし彼女の言う「不都合」とは「繰り下がり」のことで、実は①~③で繰り下がりが起こらないように準備をしているわけなので、一の位から計算しなくても「不都合」は起こりません。
 一方で、千の位から順に計算した生徒Aは、教科書的な順番とは異なりますが、①~③で繰り下がりが起こらない状態を作っているから一の位から計算する合理的な理由が無いということを理解していると解釈できるし、むしろ「数字はふつう左から右に書く」という主張も、もっともらしく聞こえます。

 このとき、生徒Aと生徒Bは、どちらの方がより「筆算をわかっている」と言えるでしょうか?

もっと一般的に言い換えると、こういうことではないでしょうか。

「数学の学力」とは、「教科書通りの方法が忠実に再現できること」なのでしょうか?
#数学教育 #算数教育 #教育学 #学力

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