「忘れられた日本人」の忘れられない話

muroさんの勉強会で宮本常一「忘れられた日本人」を読んだ。
この本、新社会人の頃に一度手にした本だ。専攻していたゼミのデザイナーの先生がタイトルを出して気になって手に取った。大体15年前の話だ。

本の内容としては、昭和初期に老人たちに聞いた逸話がたくさん掲載されている。九州の田舎で、しかも爺婆っ子で育った私には、祖父母から聞いた話の延長という感じだった。祖父が大正9年、祖母が大正15年生まれだったので、祖父母の祖父母世代の話かな…。おばあちゃんの昔話にも「学がない」「貧しい」はよく出てきた言葉。ここだけ切り取ると悲壮感だけど、もっと大らかな感じ。昔は百姓はみんな学がなくて貧しいのでそれが当たり前の世界。

15年前に読んだ時、なんでゼミの先生がこの本を薦めたのか、今なら少し体感を持って想像できる。当時、デザイン業界に就職したばかりの私は、カッコイイデザインに憧れてもいたし、例えばデザイン雑誌に載るようなおしゃれなデザインを作れるようになれなければと思っていた。デザイン年鑑や話題のCMをチェックして、とまあ…息巻いた若者だったんだと思う。そういう私に「君が追っかけているのを正しく把握した方が良い」と伝えたかったんじゃないかな。ズバッと言われたわけじゃないけど。

先生は東京で大御所デザイナー先生の事務所で働いた後、地元九州に帰ってきた人だった。九州に戻ってからも、東京で働いていた縁で美術館の仕事などをされていた。私が社会に出て会った「デザイナー」という人種と明らかに何かが違った。歴史や哲学を大事にしていて、先生に影響を受けて哲学書を図書館で借り、さっぱり理解できず(というか読めず)本を返すの繰り返し。「忘れられた日本人」はそんな中でも「あ、読める」と思った本だった。学術書じゃないし逸話集だったから。

「デザイン史を学ぶとき僕らはウィリアム・モリスやヴァルター・グロピウス…産業革命後のヨーロッパのデザイナーのことは学ぶ、けれど本木昌造のことはあまり触れないよね。もちろんヨーロッパのデザイン史も大事だけど…当時の日本人の画家やデザイーについては記録も少ないし、ほぼ学校では扱わない。
僕らはヨーロッパから輸入したデザインを自国のもののように勘違いしている。僕は東京で、僕ってどこからきたんだっけ?なんの上でもの作ってるんだっけ思っちゃって、帰ってきちゃった」

そんな話を先生はしてた。アイデンティティみたいなもの?と当時は思っていたけれど、今はただ個人のアイデンティティの話ではなく、思想や価値観が形成れる社会構造や歴史が先生は気になっていたんだと思う。

「日本は2回、断絶してると思う。明治維新と戦後」と先生はよく言っていた。右翼的な発言というわけじゃなく、コテンラジオでいうOSの大幅なアップデートが行われたのだ、特に戦後はアメリカ主導で。
先生はきっと自分が立っている世界(特にデザインの世界)を理解しようとしていたのだと思う。フィールドワークも大事にしていたから、活版印刷が伝わった長崎にもちょくちょく足を運んで、職人さんたちにも話を聞いていた。昔から変わらない、けれど廃れない小さなお菓子の包み紙を集めていたりして「いいよねえ」と見せてくれた。

15年の時間を経て、また「忘れられた日本人」を読んで、あの頃よりこの本が書かれている時代や社会背景を想像できる。近代化していく日本がどのような歴史の流れから来たのか、私たちがまだ近代に縛られていて、資本主義の中で「価値」観に縛られているのか。まあ99%コテンラジオから得た情報だし、私の浅い理解でしかないけれども。

市井の人々の話を聞き、それを本にした宮本常一の眼差しには、人間への深い洞察を感じるし、「学がある」というのは識字や知識の問題だけでなく、それを踏まえて人や世界にどう向き合うかでもあるような気がした。
15年前、私にこの本を薦めてくれた恩師の眼差しが、少しだけわかる気がする。売れっ子デザイナーになるどころか、己の社会生活自体がギリギリセーフ?いやアウト?みたいな状態なのだが、民俗学や歴史に興味が出てしもうた結果、さもありなんという感じもする。
多様化する生き方の中で、忘れられた日本人になる日も近い…かもしれないなあ。


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