17:12 水残り500ml 携帯34% 登山に必要な能力を体力・技術・知識とするなら、俺にあるのは体力だけだった。言葉の定義を知らないから、今の状態を遭難と言えるのかわからないのだ。 まず現在地がわからない。が、登山のコースからは離れていないようだ。人工的に張られたロープがある。しかしここから先(そして後ろも)がわからない。 今日の日没は17時28分。暗くなれば移動すら難しくなる。残り15分でルート復帰できるだろうか…… 携帯電話の充電は最低限あり、電波が繋が
対戦カードが決定した瞬間から、撮影班は困惑を隠せなかった。 現代に生きる魔法使いたちのリアルファイト。それがこの配信のウリになるはずだったのだ。 試合場の廃倉庫に集まった魔法使い30人のうち、確かに大半は予想通りの魔法使いだった。火球を撃ちだし、雷撃を落とし、竜に変身し、悪魔を召喚する…… しかし、この2人は違った。 「では次の試合。まずは“渇きの”千田」 リングも何もない、殺風景な廃倉庫に入ってきた“渇き”と呼ばれる男。得意呪文は“脱水”。洗濯物を一瞬で乾
大相撲アサクサ場所、この日の最終取組は夢乃島対十束。両国ナショナルアリーナが最高潮に達する。 その名の通り、ゴミで埋め立てられた夢の島出身の力士が夢乃島だ。 洗脳で強化された心、インストールで習得した技、そして義肢や人工筋肉の体を持つ力士が増えた昨今、サイボーグ力士に文句を言う好角家はいない。ましてやゴミから組み立てられた夢乃島は、人々の夢の結晶だった。 夢乃島が後方に跳ねる。バーニアと姿勢制御スラスタの調整による六次元立体相撲の申し子は“両国のピーターパン”の異
悪の限りを尽くす秘密結社エゴロジストの幹部・キレイスキーに対し、その魔法少女は悠然と歩を進める。 「くっ、覚えてろ!」 「いい台詞だねェ。再会を楽しみにしてる」 キレイスキーが去ると、戦闘員たちが死屍累々と残された。ある者は痙攣による呼吸困難や失禁の後、ある者は皮膚の腐食の後に無残な死体となった。 魔法少女ダーティ☆ボムが使う魔術体系は現代魔術においてはアニミズムに分類される。無機物を含めた万物に宿る精霊を使役する魔術。 そう、万物に精霊は宿る。彼女が使役するの
職能細分化が進み、冒険者ギルドは現在、54種類の職業を認定している。昔は戦士や魔術師程度で、ここまでややこしくはなかったらしい。今は増えた分、職業選びも複雑になっている。 また、1つの職業に拘らず、転職することをギルドは進めている。適正のマッチングを向上させるためだという。 こちらの世界に飛ばされる前、私はキャリアカウンセラーと言う仕事をしていた。個人の興味、能力、価値観や悩み、課題からキャリアの選択を支援する専門家だ(2017年から国家資格になったが、無論、こちらで
演目開始の合図はない。誰かが動いた瞬間から、全てが採点の対象となる。 馬に乗った4名が動き出す。まずは村の出口を塞ぎ、逃亡者は確実に殺すのが仕事だ。 ここ数年、異世界転生ビジネスは1つの極致に到達した。容易にチート能力を入手できる異世界で、21世紀の現実世界での不可能を可能にしようと、誰かが思いつくのは必然だった。その1つが「村焼き」。採点性の殺戮競技として、所謂「汚い金持ち」たちのハイソな火遊びとなっていた(そして私もその一人だ)。 話を戻す。 村焼きは、焼か
東日本大震災の際、台湾は200億円の義援金を用意してくれた。 年上の世代には、戦前の印象がよかったらしい。残念ながら僕は今回の旅でそういう人には出会わなかったから、真相はわからない。 若い世代には、日本の文化の影響がある。「サンリオと進撃の巨人で日本語を覚えた」という今回の通訳は、不自由しない程度の日本語が話せる21歳の学生だった。 海外で稼ごうと考えた人々にはちょうどいい相手だ。僕たちに興味を持ち、文化を消費し、言葉まで覚えようとしてくれる人たち。 台湾に日本を
直径6cm・重さ150gの弾丸が俺の足元で跳ねる。目立つ蛍光イエローも時速140kmで飛んでくると反応するのが精一杯だ。 跳ねたボールは辛うじてゴールを守る俺の脛に当たり、前方に飛んだ。 「右上!」 ゴールから見て右前、と言う意味の声を張る。指示に反応した味方のDF(ディフェンダー)が跳ねるボールに向かう。金属製のスティックの先のネットに収めようとするが、その瞬間。DFが弾け飛んだ。敵AT(アタッカー)のタックルだ。 ラクロスに上品な球技のイメージがあったのは、
僕は時間能力者になった。雑だけど他に言いようがない。と言っても、せいぜい2秒ほど時間を止められる程度だ。 2秒でできること。何かできそうだけど、何もできなさそう。まずはお金を稼ぐことを考えた。普通の男子高校生でも大金を手にできる方法を考えたけど、何をするにも2秒では短い。 自分が人間ではなくなっていく不安も薄々とあった。この能力で法に触れることなく何かができるし、したくなるだろう。しかし倫理的に人の道から外れてしまうだろうし、その時に何も感じないのなら、僕は人間と言える
彼女と会うのは4度目だが、緊張して目を伏せる彼女とは一度も目が合ったことがない。 僕の仕事は、彼女のようなニートの就職支援。コーセーロードーショーと言う名前の立派なお役所様から引き受けている。 政治の話かお役所のルールか、この世界にも数字と成果指標の波がやってきた。「最低○○人を就職させること。○○人が就職して○○円」と言うノルマと圧力は、僕を含めた全国の相談員に降り注ぐ。 その結果、どうなったか。 「就職しやすい人を就職させる」と言う、当たり前の方法をとらざ
ロシアンフックを放つ相手の右肘が伸び、拳の裏側が眼前に迫る。タックルを警戒していた私のガードは間に合わない。グローブが私の左半視界を覆い、瞬間、鈍痛。いつもこの筋書きは変わらない。 今の私は試合にも出られず、人生の不戦敗真っ最中。あの試合をフラッシュバックしたのは、突然持ち込まれた少女からの相談のせいだ。 「アンヘラ選手に試合に出てほしいんです」 「ありがたいけどさ。私」 「失明ですよね」 あの鈍痛は私の左の視力と人生を殺した。今やどのイベンターも、失明した私にサス
お前も知っているだろう。ロボット三原則。 強くなくてはならない。 デカくなくてはならない。 カッコよくなくてはならない。 最近のヤツは「人型である必然性がない」「自動操縦でいいのに人が乗せる意味がない」と小さくまとまろうとする。ケータイもパソコンも小型化も進んだ。それはそれでいい。しかし浪漫まで矮小化させるこの風潮を私は許せなかった。 ここまで一息で言い切り、決め顔で私は告げた。 「そこでだ。君にはパイロットをやってもらう」 拘束された冴えない青年の答
昨年度の警察白書によれば、1日平均で49,420件の電脳犯罪が発生した。人間が脳と機械を融合し、ウェブに常時接続できる電脳を手に入れて以来、最大の件数だ。ほぼ2秒に1度以上、どこかで誰かが電脳犯罪の被害者になっている計算になる。 文明が発達するたびに、それを捨てるべきだというプリミティブな意見は常にどこかで誰かが叫んだが、人類は引き返せない。金を、車を、ウェブを、そして電脳を捨てることはできなかったのだ。 「それで僕に声をかけたと?」 彼の問いかけに俺は頷いた。
こんな仕事がしたいんじゃない。 心の中で呟くのも今日4度目だ。俺の手元の「ビキニアーマー助成金申請用紙」には種族、年齢、職業、身長、体重など記載する項目は事細かい。 採用から5年が経過するビキニアーマー助成金制度。トチ狂った貴族が提唱したおかげで、女性冒険者がビキニアーマーを購入する際、その何割かを冒険者ギルドが負担することになった。 防具業界は盛り上がるのは必然だった。付加価値がある高価格のビキニアーマーでも、安価に購入されるのだ。超軽量だが身体全面に不可視の物理
反対側コーナーの、対戦相手の息遣いが聞こえるほどに感覚が鋭敏になっている。日頃の節制から次の最終ラウンドまで、自分が絶好調の証だ。ホールの照明はリングのみを照らし、観客席にはスマホから漏れる光源ぐらいしかないが、500人程度の観客一人ひとりの表情までよく見える。そこにミーハー層はいない。専門家気取りが無言で頷く空気が、俺には心地よかった。 「残り1つ。色気出すなよ」 つまりは恰好よく勝つ必要はない。KOを狙わず、ポイントを稼いで判定勝ちでいい。有難い指示をくれたのは俺のセ