ポケットの中の遭難
17:12 水残り500ml 携帯34%
登山に必要な能力を体力・技術・知識とするなら、俺にあるのは体力だけだった。言葉の定義を知らないから、今の状態を遭難と言えるのかわからないのだ。
まず現在地がわからない。が、登山のコースからは離れていないようだ。人工的に張られたロープがある。しかしここから先(そして後ろも)がわからない。
今日の日没は17時28分。暗くなれば移動すら難しくなる。残り15分でルート復帰できるだろうか……
携帯電話の充電は最低限あり、電波が繋がる。救助隊に一報入れれば助かるのだ(……と思う)。
それをしないのは、プライドと言うほどのものではなく、気恥ずかしさだった。これはウェブで叩かれる案件だなあ。娘に何を言われるだろうなあ。そんな低レベルな不安が先行していた。
覚悟を決めた。俺はロープを手繰り、下りのルートへ足を向けた。
17:34 水残り500ml 携帯27%
木と木の隙間から日が暮れるのが目に入る。
俺はふと、娘のことを思い出していた。
【続く】
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