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演出レポート:現/代名作戯曲vol.3「A・R -芥川龍之介素描-」(劇団あんちょび)

劇団あんちょびは2023年10月に約3年振りの本公演を行いました。久しぶりすぎたのか、終演したその日から何だか頭に濃い霧がかかったようで、振り返るのに時間を有していましたが、最近また新しい演劇にかかわるうちに少しずつ霧も晴れてきたようなので、これを機に振り返ってみたいと思います。

(また、劇団ブログを本noteへ移設しました。owndしばらくログインできない時間があり不安なので。。記事もこちらでリンク貼っておりますが、折を見て写せたらと思います)

「A・R -芥川龍之介素描-」について

さて、3年振りの本公演となりましたが、如月小春さんの「A・R -芥川龍之介素描-」を選びました。劇団あんちょびは「現/代名作戯曲」というシリーズで敢えて80-90年代の戯曲にフォーカスした取り組みを行っており、今回がvol.3となります。僕らの年が30代ですので大体生まれた時代を振りかえってみようという試みです。まぁですので、vol.1に高橋いさを→vol.2に鴻上尚史(敬称略)と来て、じゃぁ如月小春を……と考え読み始めたのがきっかけです。折しも当該の戯曲が収録されている「如月小春精選戯曲集」を出版している新宿書房が公演月末に閉業したというニュースを後から聞いて、何だか縁ある作品になったなと今更ながら感じているところです。

チラシデザイン(表):yuri.log 
「芥川が蜘蛛の糸をぶんやりと眺めているように……」という無茶ぶりに見事に応えていただきました。
チラシデザイン(裏):yuri.log
文庫本サイズに印刷して配布しました。とはいえ、今はネット中心なので、配布自体は然程できなかったのが少し心残りです。

話の内容は芥川龍之介が死を選択するまでを彼の作品や時代背景、周囲の人間関係の描写を基に振り返っていくというものです。主に「羅生門」「或阿呆の一生」「地獄変」「杜子春」辺りが劇中劇として活用されており目立つ内容ですが、さすが如月小春というべきか、こんな科白まで……と引用やら影響受けてるであろう作品数はかなりの数になるかと思います。膨大な作品群を束ねて1本の戯曲に仕上げつつ、芥川の人生観を美しい言葉でもって表現している作品なので、ご興味ある方は是非読んでみてください(新宿書房が閉業になったので入手困難になりそうな気も……)

演出プランについて

戯曲では先の作品描写以外にも、芥川の人生に影響を与えた様々な人が出てきます。妻である芥川文、その息子たち、担当編集、師匠的な存在である夏目漱石など、加えて劇中劇を行う各作品内の登場人物たちもいますから、本来は結構な人数となります。また、如月小春的だなぁと個人的に思うのは、当時の民衆までも登場させ芥川が時代の波に翻弄されていく様が表現されています。

登場人物を戯曲通りに用意するということも考えたのですが、今回の演出の骨子を『如月小春の用意した言葉・科白(ト書き等も含む)でもって芥川龍之介が死んでいく』と見据えたため、大幅に人数を削りました。最終的には、4人でこの演劇を作ると決めて進めることにしました。

4人の俳優たち。白は芥川、黒はそれ以外を演じ切るという役割。むちゃぶりの中で非常に素晴らしい働きをしていただきました。ありがとうございました。

この時に頭にあったのは「現代を生きる僕等が時代を振り返る、遡るためには誰かの言葉(フィルタ)を借りることしかできない」という思いからでした。芥川龍之介に本当に焦点を当てるのであれば彼の作品をそのまま演出すべきだし、敢えて如月小春の戯曲を選んでいるのであれば、彼女の言葉をもっと色濃く伝える環境を創るべきだと感じ、大人数だと却って情報量が多くなりすぎるので、4人という少人数で敢えて如月小春が伝えたかったであろう情報に絞るという選択をしました。

舞台美術については、
①芥川の心象風景を表現可能な抽象性を表現できる
②劇中劇での場面の移り変わりを表現できる
③(アトリエが無いので)持ち運び可能、かつ比較的安価である
という条件のもと創作を開始しました。結果完成した舞台美術は以下のとおりです。

舞台美術。素材はホームセンターで売っている遮光ネットを敷き詰めました。

芥川の人生において「川」や「海」が常に側にあったこと、また彼の「沼」という作品から彼の死生観を感じ、水をモチーフにした美術を製作することに決めました。また素材は、俳優の取り扱いの良さ、照明との相性の良さ、生地のヨレによって表情が変わること、紗幕のような使い方ができる点が気に入り、遮光ネットを活用することにしました。ただ、枚数が少ないとチープなものになってしまうので、ある程度の物量を用意しました。

照明をつけるとこんな感じ。どこまで敷き詰めるか、どのように敷き詰めるのかに苦労しました。
紗幕テストの様子

演劇の中身について

最終的には、基本全員出ズッパの115分の演劇となりました。芥川のみ固定の俳優とし、他3人の俳優が芥川の心象風景を表す存在として、その周辺を埋めていく構成です。また、劇中劇では芥川役の俳優がその物語の主役を演じるようにし、物語の言葉と芥川の言葉を重ね続けるようにしています。また、4人構成にするため、テキレジを行っています。以下、順を追っていきます。

オープニング(ご挨拶)

冒頭シーン。客入れは波の音。最初は敢えて演劇を始めるご挨拶と如月小春の説明を。そして、ト書きを読むところ、芥川龍之介が亡くなるという事実の説明からスタートしました。

蜘蛛の糸

そのまま蜘蛛の糸を始めます。黒の俳優は魑魅魍魎たちを表現します。

編集者と作家

黒の俳優は編集者を。本来は「担当編集」は独立した存在でありますが、芥川に焦点を当てるために抽象的な存在にしています。

作家と妻

芥川が周囲の人間の言葉に翻弄されつつ、自身の心象空間に迷い込んでいく様を表現しています。

羅生門

(下人:写真左、語り手:中央、老婆:写真右、写真後ろ:芥川)劇中劇の始まりとなります。最初の大きな表現になるので、布を大きく広げ場面移行させることで雰囲気の変容を印象付けるようにしました。ここでの芥川は客観的な立ち位置にいますが、敢えて中央に置き、下人(写真左)の言葉を反響させるようにしております。また、下人と老婆は同一の布を対極でまとっており、芥川の心象の移り変わる様子を表現しています。


羅生門終わり:世相

羅生門が終わり、芥川が現実に引き戻されていきます。4人構成にするにあたり、戯曲のどの情報を伝えるべきか、かなり悩んだ箇所です。両サイドの男は抽象的な存在として断片的な情報を伝えてもらいつつ、中央の女性は妻として芥川にかかわります。

本所両国

芥川の独白に妻が寄り添い(重しに)なる様を表現します。美しい言葉ですが、かなりの長セリフであり、芥川役の俳優が言葉一つ一つを丁寧に発語するなど、努力を重ねてくれたおかげで完成したシーンです。

杜子春

雰囲気がうって変わってピンクに笑。芥川役の俳優(写真中央白)が杜子春を演じます。設定も何もかもポップな杜子春ですがこれは原作戯曲通り。この辺りは90年代の小劇場病のノリを感じます。こういう場面は如何に全力を尽くすかで面白さが決まってしまうので、ここは90年代演劇を得意とする我々らしく表現しました。
そんな過程で生まれた一コマ。この演劇は基本的にずっと雰囲気が暗いので、このタイミングで如何に明るくできるかが肝心だと思ってました。お客様が一息つけるタイミングをつくれたらなと。

杜子春終わり:世相②アマリニブンゲイテキナ

杜子春が終わり急転直下で悩める芥川に戻っていきます。谷崎との論争、芥川自身が編集した文芸読本に関するイザコザ、義兄の鉄道自殺、借金の肩代わりなど周囲が芥川を追い詰めます。
抽象世界でこのシーンを成立させるために、非常に強い言葉と身体が必要でしたが俳優たちが、見事に応えてくれました。

作家と女

芥川が自殺未遂を考えるシーンです。原作戯曲では芥川の浮気相手である女がいますが、これのセリフを写真後方及び左の俳優がいれています。女としてのセリフというよりは、芥川の脳内に響く何者かの声として。自殺未遂は色んな理由が考えられますが、誰かにそそのかされたというよりは芥川自身に答えはあったのだろうと考えての演出です。写真右の俳優は妻として家族との会話を重ねています。妻のセリフは戯曲では子供との会話として書かれていますが、敢えて妻の言葉だけを抜き出しています。
自殺未遂のシーンです。芥川の行動を他の俳優が支配する構図を取ることで、彼らが芥川の心象の一部であることを強調します。
そのまま、妻が芥川の自殺未遂を受けて怒る場面が続きます。この辺りは本当に胸が苦しくなるシーンでした。お客様アンケートでもこのシーンが印象的だったという感想がチラホラ見られました。

波の音

波の音が聞こえ、子供たちとの会話風景に切り替わります。この時の芥川は家族というものをどのように捉えていたのでしょうか。そんな気持ちにさせられます。余談ですが、このシーンから次の地獄変の移り変わりは今回の演劇においてお気に入りの場面となりました。これまで寄り添い支えてきた妻が、芥川に裏切られ、それでも支えあうひと時があるが、最期の決め手となった話を始める……人の真理はそんなに単純なものでは無いですが、物語として始めた以上は進めなければならない、終わらせなければならない、そんな悲哀が感じ取れました。こういう風景に出会えることは演劇やっていて、演出をやっていてよかったなと思う時です。

地獄変

地獄変。原作戯曲はかなり丁寧に描いているが、今回は要所だけを描くにようにしました。写真左は公家・家来、中央後は大殿、右は語り手と娘を、中央前の芥川は良秀を演じています。
後方の垂れ下がる布は紗幕として、娘の乗った車が燃やされるシーンで活用しました。娘役の俳優は紗幕の裏で赤い糸をゆっくりと持ち上げることで燃え上がる様を表現しています。これも実際の舞台では非常に美しく作ることができ、お気に入りのシーンの一つです。

作家と編集者

地獄変を終え、その後を決めた作家のもとに編集者が歩み寄ります。芥川の生涯を振り返りつつ、自身が芥川の心象風景であることを明かしていきます。

或阿呆の一生

芥川の遺書的な作品ですね。ここは小細工なしに並んで喋るということを行いました。原作戯曲でも輪唱の構造です。みんなで良い言葉を口にする、それだけで絵になるよね、カッコよいよねという演出の好みです笑。

蜘蛛の糸

そして、冒頭の蜘蛛の糸のシーンにつながっていきます。芥川が死を受け入れいれます。

エンディング(妻の言葉)

長かった演劇も最後のシーンになります。『「芥川龍之介が亡くなったのは、暑苦しさのつづいた二十四日未明、死の直後、寒冷前線が通り気温は一度に十度も下がり、東京は天然の冷房のようにひんやりした」本当にそのような日でありました。』妻が芥川が亡くなった日のことを回想して終幕となります。

お客様からのご感想

終演後、アンケートに回答いただきました。いくつか声を抜粋します。

・とても濃密なお時間を過ごさせていただきました。次々と場面が変化するのに対して、とてもシンプルな方法で演出しているのにわかりやすく、素晴らしかったと思います。役者の方も何役もされて台詞量もとても多く、大変だったことと思いますが、熱量が素晴らしく、最後は苦しくなるほど没入してしまいました。

・コンテンポラリーダンスを観ているかのような身体の使い方、ミザンスの美しいお芝居でした。特に後半は役者の熱量、テンポが心地良く観やすかったです!なかなか一度では内容を落としきれない深さがあり、考えたくなる舞台だったので、じっくりと本を読んでみたいな〜と感じました。

・とても難しい内容だったが、もっと芥川龍之介さんの作品を知ってから観るべきだったと思った。しかし、内容を知らずに観ても、4人でしか演じていないとは思えないほど魅了されて身体がぞくぞくした。こんな体験は初めてでもっと演劇を観てみたいと感じるきっかけになったと思う。

お客様アンケートより

おわりに

創作開始から発表まで約5か月かけて、本番は2日間、終わる時はいつも勿体ないと感じながらではありますが、振り返って考えると、試行錯誤した時間は何らかの糧になっているものだと感じます。最後に当日パンフレットに記載した「上演にあたり」を記載して終わります。

<上演にあたり>  
如月小春は1970年代後半から90年代にかけて活躍した演出家・劇作家で、「DOLL」「MORAL」「ロミオとフリージアのある食卓」などが代表作、Wikiの情報ですと率いていた劇団「NOISE」は「都会派演劇集団」と評されていたようです。僕は劇団公演は観たことがなく、戯曲を只管読んだのみですが、美しく整った科白と情景の描写はト書きですら読んでて心地よく、汗まみれの泥臭い小劇場病に羅漢していたであろう90年代の劇団(僕にとっては最高の揉め言葉)とは別の意味で一線を画すものだったのかなと(彼女の戯曲集はWEBで購入可能ですので、気になったら読んでみてください)。残念ながら2000年に44歳の若さで早逝してしまいます。もしも現在まで存命であったら、時代の旗手として今も演劇界の最前線にいたような方だったと思います。

芥川龍之介はご存知の方が大半だと思いますが、代表作は「羅生門」「鼻」「藪の中」「河童」など枚挙にいとまがありません(青空文庫で多くの作品が無料公開されているので、是非改めて読んでみてください。)1892年に生まれ、1927年に死没し、享年35歳、死因は服毒自殺によるものです。顎に手をやってニヤリ微笑んでいる写真が有名で、そのニヒルな表情と死因とが相まって、神経過敏で癇癪持ちな印象が強いようですが、実はあの写真は28歳頃の写真らしく、意外と実態は、社交的で優しい”良いやつ”だったようです。また、現在では有名すぎる作品が多く成功者として見られがちですが、その実、幼少期から親元を離れ親戚の家に預けられたり、専業作家として名が売れた後も、義兄の残した借金を肩代わりしたり、自身やその家族共々養う必要があったりと苦労が絶えない生活を送っていました。また、関東大震災や海外視察員として当時の内憂外患な中国に行った経験は、作風に多分な影響を与えています。

さて、今回上演する「A・R-芥川龍之介素描-」は1993年に発表されました。1927年に芥川龍之介がなぜ命を絶ったのか、1993年の如月小春はそれをどのように捉えたのか、それらを2023年の現代を生きる僕らが表現します。歴史の事実なので結末は変えようがありませんが、過去の時代に思いを馳せるには誰かの言葉を借りるしか方法はないのですから、そんな時代を代表する二人の言葉達を楽しんでいただければと思います。  

本日はご来場ありがとうございます。
最後までどうぞゆっくりご観劇ください。

劇団あんちょび 主宰・演出 爲近敦夫

当日パンフレットより
俳優+オペ+当日スタッフと共に


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