大切にしたいこと
言葉が好きです。
小説はもちろん、いつも短歌をあげてくれる方の言葉とか、曲の歌詞とか、目の前にいる人の言葉とか。言葉で傷つくこともあるけど、言葉で救われることも多い。飾らないただ真っ直ぐな言葉も、素敵な表現の言葉も、同じくらいに好き。
自分の中にしっかり刻まれたもらった言葉たちがある。それって、思えばかなり凄い事だと思う。それらはわたしの創作にも溶け込んでいる。
つい先日久しぶりに、本をあげた人に連絡をしてみた。公募でほんの少し前進できたのでその報告。それだけはすると決めていたので。(報告できるように頑張ってるまである?)
人のことを理解するのは難しい。わかるなんて軽々しく言えない。昔からそう思っていたけど、今は余計に思う。たくさんたくさん考えたって、わかるよ、なんて言えない。言いたいのに。いっぱいいっぱい考えて、それで終わってしまう。それぞれ考え方がある。生きてきた日々が違う。大事にしている価値観がある。私たちは同じではない。好きという気持ちも、比べることなんてできないのだと今ならよくわかる。いや、それはすこしちがうな。まあそれは今はいい。
好きだから、大事だから離れる。好きだから、大事だから一緒にいる。
幸せになってほしい。幸せを守りたい。
好きなら絶対傍にいる。それくらいの覚悟。
好きだから絶対にさよならをする。本当は離れたくないよ。
???なんだこれ。不思議だ。どれも。人の数だけ覚悟の種類は違う。幸せの種類は違う。一緒にいることがその人の幸せか、一緒にいないことが本当の幸せか。すべては捉え方次第なんじゃないかと思う。それがつまりその人の考え方。好きの重さで変わる考え方じゃない。両者も譲れないものがある。そんなの当たり前じゃないか、と思う。思うしかない。
天秤にかけられない人の想いは、一体どう扱えばいいのだろうね。
わかりあえない、わけではないけど、その想いが強ければ強いほど譲れないと我儘になる。情けない。惨めったらしいね。
どうしようもないから言葉の力をかりる。
短歌を詠うあなたもきっとそうなのでしょう。わたしはそれにとても救われてきたよ。あなたはきっとさびしくてこれからもっとさびしさを感じるのでしょう。そしたらまた、短歌を待っています。
わたしも書いているよ。どれだけ書けば気が済むんだろう。
頭から離れない。飽きもせず脳裏に焼き付いた日々が、毎日鮮明に蘇る。つらい。だから書くしかない。消化させたい。忘れたいじゃないよ。思い出して、ただ心があったかくなればいい。それくらいがいい。
長編をかけばなんとかなるかな。もう少しだけ。
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