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短篇小説 予告8/10 (猫を狩る15/X)

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この小説は 連作短編の2作目になります。
1作目の『猫を狩る』はこちら

8
 ダイニングキッチンの物音で目が覚めた。食器の音に混じって忍び笑いが聞こえる。
 葉月は、ダイニングテーブルで、片手で携帯を操作しながら、トーストをかじっていた。葉月の手から携帯をもぎ取る。
「朝っぱらからいい加減にしなさいよ」
 とにかく葉月の行動のすべてが癇にさわる。
「何するのよ。返してよ」
「返しません」
 葉月は無言で早苗の顔を見据えている。
「友達との約束があるの。携帯で連絡取れないと困るの。ねえママ、お願い」
 同情をうながすのに都合のよい下がり眉は、前夫にそっくりで、憎悪がこみ上げてくる。葉月は立ち上がると、携帯を持つ手を強い力で捻じ曲げる。
「痛い。何すんのよ」
 携帯をひったくられそうになって、力づくで元の方向に手首を返す。体のバランスを崩した葉月が床にくずおれる。葉月は立ち上がり、テーブルの上の皿をつかむ。早苗に向かって投げつけようとして身構える。
「投げればいいでしょ。私が怪我して働けなくなったらどうするの?」
 三白眼の瞳には表情というものがなく、他人のように見える。
「あんたなんて産むんじゃなかった。もう勝手にしなさい」
 携帯を差し出すと、葉月は早苗の手から携帯をひったくる。
「今週は今日と木曜日が遅番だから、夕食は適当に済ませてね」
 葉月は、無言で家を出ていった。
 
 いつもは素通りするだけの児童公園には、就園前らしき幼児とその母親が何人かいたので、映りこまないように遠巻きに写真を撮った。撮り終わってから番地の入った電柱が立っていることに気づき、少し考えてからそれをファインダーに入れた写真を撮り直した。
 出勤すると、肌診断のための仕切りをセッティングしたり、早苗のメーカーではなく、店が扱っている商品のセール用のディスプレイを手伝わされたりで、時間は慌しく過ぎて行った。
 仕事を終え家に戻り、いつものように、葉月のチャットアプリをチェックする。

――あいつは、今週は木曜日が遅番だから、やるなら木曜日。友達にも声かけといてよ。何人ぐらい来るの? 本当にむかつく。このままじゃあいつに苛め殺される――
 
 意図したとおりに、罠にかかってくれた。信じたくはなかったけれど、もう後には引けない。早苗は早紀のブログを更新した。
 
 昨日は、バイトの帰りになおくんに送ってもらいました。なおくんは帰したくないなんて言い出すし、ダンナも遅くなるみたいなので、通りがかった公園に寄っていくことにしました。公園デートなんて、高校生みたいでなんだかどきどきしちゃった。団地が近くにあるのに、人通りも少なくて、ベンチでキスされちゃった。夜中ならまだしも、時間は十時半ごろだったかな。やだもうやめてよって言っても聞いてくれなくって、なおくんったら、上に乗ってなんていうもんだから欲情しちゃってつい……。ってところで通行人が。家に電話したらダンナはまだ帰ってきていなかったので、そのままドライブ続行。国道に戻ったすぐのところにパスタレストランのチェーン店があったので、そこの駐車場でえっちしちゃった。同業者さんごめんなさい。今度のふたりとも遅番なのは、木曜日なので、今度こそ公園でしようなって、なおくんエロすぎ。というわけで続編に期待しててくださいね。
 
 画像は、少し迷ってから、番地が映りこんでないものを貼り付けた。
 不倫ウォッチ板を開いて、書き込みをする。国道沿いのチェーンのパスタレストランとは、「タボーラ」のことではないか。近くに団地があるはずだ、という書き込みをし、一旦ルーターの電源を切って、そのあたりを車で通ったことがあるけれど、そこに違いないと書き込む。そのあと、ゆりママのブログに行って、その公園まで早紀を特定しに行って、「タボーラ」で食事をするオフ会というのを企画する。あとは、数日かけて、五月雨式に参加希望者の書き込みを入れておくだけだ。
 マオがどこからかやってきて早苗のふくらはぎに顔をこすりつける。ここのところ、獲物を獲ってくるのが薄気味悪くてろくに遊んでもやらなくて、淋しかったのだろうか。飼い主への殺害予告だなんて、何の根拠もないデマを信じて悪いことをしたと思う。
 また、葉月のチャットアプリに戻る。女友だちとのメッセージをいくつかチェックしてみたけど、下らないものばかりなので、見るのをやめた。それから自分の携帯でゆりママブログのメッセージ欄を見ると、アヤカからのメッセージが届いている。オフ会に参加したいというものだった。さっそく食いついて来た。参加者はほかにも五人ほどいると返信しておいた。

続きのお話


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