見出し画像

短篇小説 予告9/10 (猫を狩る16/X)

前回のお話

最初から読む

この小説は 連作短編の2作目になります。
1作目の『猫を狩る』はこちら

9 
 木曜日の朝がやってきた。
 いよいよ今日だと思うと、どうも朝から落ち着かない。
 朝食時にまた葉月の態度に難癖をつけて、今度は本当に携帯を取り上げた。
 アヤカには怪しまれないように、午前のうちに何度かメールを送っておいた。人数が予想したより多かったので、テーブルを予約しておいたほうがよいかとか、コースメニューをあらかじめ頼んでおくので、嫌いなものや食べられないものを教えておいてほしいなどと、とにかくアヤカひとりではなく何人も来るということを印象づけて安心させるのはこれまでの常套手段だった。昼過ぎに出勤してからは、セール中ということもあり、仕事に忙殺された。
 
 夕方の休憩時間に葉月の携帯を見ると、何件かメッセージが入っている。最新のものを開いてみる。
――ねえどうしたの? なんで学校に来なかったの? 風邪? ――
 
 葉月は学校に行っていなかったのだ。いったいどこで何をしているのだ。カズと会っているのか? カズからのメッセージは着信していない。早苗の携帯には自宅からの着信が二件ある。留守録のテープを聴いてみると、ときどきマオの鳴き声が聞こえる以外は無言電話だった。葉月なのか。直之の携帯に電話をかけると、直之は出先にいるようで、大音量の音楽と、耳障りな電子音が聞こえてくる。葉月にかけようとして間違えたと言って、すぐに電話を切った。自宅に電話をかけても誰も出ない。葉月はどこに行ったのだろう。
 
 不安に思いながらも、ゆりママブログにアクセスすると、アヤカからのメッセージが届いていたので、返信した。今日の服装と、ワインは赤と白のどっちが好みかを聞いた。今日は白いワンピースで来ることと、ワインは白が好きですと即座に返信してきた。メッセージは既読になると削除できないので、葉月のメールにカズとのやり取りが残されているのを確認し、あいつは白いワンピースを着て十時ごろに公園の前を通過するはずだと念押しのメールを送信し、すぐに削除した。

 仕事を終え、最寄り駅まで戻り、駅前のファーストフード店に入った。アヤカが狩られるところを見届けたいのは山々だったけれど、こっそり隠れて見物できるような場所はないので、下手に周辺をうろうろしないほうがよいと思った。十時少し前にアヤカから、まだ誰も来ないんだけど、というメッセージが入る。早苗は少し遅れるかもしれないことと、参加者には若い男性も数人いるということを折り返し連絡しておく。カズには、あの女には猫が帰ってこないから帰り道に公園のあたりを探すように言っておいたから白いワンピースを着て公園でうろうろしているはずだとメールを打ち、送信しようとすると、メッセージの着信音が鳴る。

――見つけた。これから、先輩たちが使ってる廃工場に拉致する――
 
 アヤカをゆりママブログからブロックし、三十分ほど更に時間を潰した。
 これ以上できることはないので、そろそろタクシーで家に帰り、葉月に無事な姿を見せつけてやらなければと思ったときに、携帯が鳴った。自宅の固定電話からだった。
「直之?」
 返事はない。葉月なのか? 直之は用、というかお金が必要なとき以外は早苗には電話してこない。
「葉月? 家にいるの? 学校にはなんで行かなかったの?」
 電話の向こうは、うるさい。機械音のような轟音に、時々何かを叩くような音が混じる。その音の隙間からかすかにしゃくりあげるような葉月の声が聞こえる。
「葉月、返事ぐらいしなさい」
 轟音が続いている。水が流れる音。洗濯機の脱水の音だ。コードレス電話の子機を洗面所に持ち込んで電話をかけているのだろう。なぜそんなところで話をしなければならないのか、わからない。
「うるさくて何も聞こえない。もう少し静かなところに移動してよ」
「……ここじゃなきゃだめなの」
 泣いたあとのような鼻声だったけれど、葉月ははっきりとそう告げた。携帯を取り上げるために、あんな茶番を演じたことに罪悪感がよぎる。
「今朝は、ついかっとして、悪かったわね。でも、いつでもどこでも携帯って、よい印象与えないものでしょ。私は葉月のためを思って……」
「ちがうの」
 何が違うんだ。葉月になりすましてカズという男と連絡を取ったことがばれたのか? 一瞬動揺したけれど、ばれたらばれたで、そのようなことを計画していたことを叱りつければいいだけだ。最初からそうすべきだった。そんなことはわかっている。
「……ごめんなさい」
 カズとその仲間に襲われたと思っているのだろう。その計画について、早苗は何も知らない。今日は、閉店間際にお客さんが来て、帰りが遅くなったという、用意しておいた言い訳を反芻する。
「わかればいいのよ。携帯は家に戻ったら返してあげるから」
 脱水機の音が止んだ。電話口で葉月が声を上げて泣き出す。
「もう家に帰るから、切るわよ」
「ねえママ、マオが帰ってこない」
「また、どこかに遊びに行っているんでしょ」
「ううん、マオはもう帰ってこない。それじゃあね、ママバイバイ」
 葉月はそう言うと電話を切った。

続きのお話


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?