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【R18】短編小説 旋律(サンプル)

【あらすじ】
短編小説『旋律』と『赤玉銀玉』を収録しています。人生の終焉を鮮烈に彩る官能の世界をお楽しみください。

旋律
香奈は二十五年ぶりに、学生の頃に組んでいたバンドのメンバーである、聡、昭彦、真帆と会う。目的は、余命宣告を受けている聡の望みを叶えること。 二十五年の歳月を経て再び、四人の男女が奏でる旋律とは…。
『10分間の官能小説』という企画で書かせていただいたものです。

赤玉銀玉
はずれの多い人生を送ってきたあたしは、パチンコ屋で香取さんと出会う。ある日パチンコで大当たりを出した香取さんとお寿司を食べに行き、酔った勢いでラブホにカラオケを歌いに行くのだが…。
 
【本文試し読み】
 あの曲を聴いたのは何かの予兆だったのだと思う。
 学校帰りの高校生たちでいっぱいの午後の電車に乗りこみ、私はイヤフォンで耳を塞ぐ。サブスクの音楽配信サービスから、『ドント・ストップ・ビリーヴィン』が流れてくる。
 言い知れぬ心のざわつきを、懐かしさというわかりやすい感情に置き換えて封印し、何食わぬ顔をしてやり過ごした。それでも、あの曲をいっしょに演奏していた仲間がどこでどうしているのかと思いを巡らせずにはいられなかった。
 
 二十五年ぶりに昭彦(あきひこ)に会ったのは、二週間ほど前のことだった。神経質そうな細い体つきも、節くれだった大きな手も、無愛想な表情も昔のままだった。ただ、昭彦が忌み嫌っていた古風で整った顔立ちが、年齢を重ねることによって不自然に目立つことなく、昭彦自身によく馴染むようになった。
「なんだ香奈、思ったより変わってないな」
 昭彦はそう言うと、煙草に火をつけた。炎は、目の下から頬のあたりのたるみと皺をくっきりと照らし出す。
「そうかな、昔を知ってる人になんて会わないからよくわからないけど、いろいろあって老けこんだと思う」
 二年ほど前に夫と別れ、実家に戻って近くの図書館でアルバイトをしながら暮らしていることは、電話で話したときにすでに説明してあった。理由は向こうの浮気ということにしておいた。実際にそれが現実的なきっかけだった。
「それはお互いさまだろう。でもなんていうか、相変わらず体温低そうな感じ」
 冷たそうだと言われることには慣れていた。すぐに熱くなりすぎる性格が嫌で、誰に対しても何に対しても距離を置こうとしていた。夫にとって私は、何を考えているのかわからない愛情の薄い女で、浮気は原因ではなく結果だった。
「真帆(まほ)にも会ってきたけど、真帆はもっと変わってた。母は強しって感じになってたよ。って、あいつもともと強かったけどな」
 昭彦が私より先に真帆に会っていたことに、かすかな苛立ちを覚えた。だからなんなのだと慌てて打ち消す。
「真帆とは、連絡ついたんだ」
「ああ、毎年律義に年賀状が来る」
  
 そう言われてみれば、数年前までは真帆から年賀状をもらっていた。離婚してから届かなくなったのは、郵便局に住所変更届けを出していなかったからなのだろう。
「そうだったよね。真帆はそういうとこ、きちんとしてるんだよね」
 真帆は、高校を中退して、歌を歌うために上京してきた。どこへ行っても不思議と可愛がられ、バイト先のレストランでも重宝がられていたのは、天性の思い切りのよさと、意外なくらいの礼儀正しさのせいだったのだろう。
 昭彦は、口元を固く結び、灰皿の縁で煙草の灰の先を尖らせた。
「ああ、何から話したらいいかな。俺さ、聡(さとし)とはそれなりに連絡を取ってたんだ。なんつうか、あいつは俺たちより歳がずいぶん上だっただろ、就職してからもよく仕事の愚痴を聞いてもらってた。最近は二、三年に一度ぐらいしか会ってなかったけどな。

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