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【短編小説】ESCAPE LOVE ~シブヤの海に浮かぶ城1/6

「私がもし男だったら、フミエちゃんみたいな子を彼女にするんだけどな」
そう言うと、エリカちゃんはまだ赤くて腫れぼったい目をしたまま、かすかに笑った。

 エリカちゃんの笑った顔をやっと見ることができて私は少しだけ安心した。何せ、エリカちゃんは二時間も泣き続けていたのだ。
「ありがとう。でも私が男だったら、エリカちゃんみたいな可愛い子を彼女にすると思うな。私みたいなデカくて不細工な彼女は嫌だ」
 すっかり冷めてしまったコーヒーをすすると、苦味のあとに、嫌な感じの酸味が口の中に広がった。

 泣き腫らした顔でもエリカちゃんは、充分可愛い。身長百五十八センチの華奢な体つき、それなのに意外に胸がある。お目目はパッチリで、存在感を感じさせない整った形の鼻に、何にもつけなくてもピンク色で輪郭のはっきりとした唇、髪は赤っぽく染めたストレートだ。こんなに可愛い女の子を振る男がこの世に存在することが信じられない。

「フミエちゃんって、なんていうのかな……センスいいんだよね、打てば響くっていうのかな、会話とか、ギャグとか……すごいツボなの。フミエちゃんみたいな子をなんで世の中の男どもは放っておくのかな。やっぱり男ってレベル低いんだよ。フミエちゃんの良さがわからないなんて」

 私みたいな子、というか私を彼女にしたいと思う男なんてひとりもいないと断言できる。今までにはひとりもいなかった。これからも……。あまり断言したくはないけど、いない、ような気がする。でも、私みたいな彼氏が欲しいって女の子はたくさんいるんだ。

 中高一貫の女子校で、私は本当にモテる。モテで、モテて、もうどうしようってくらいモテる。エリカちゃんみたいなめちゃ可愛い子がいくらでも寄って来るんだ。本当に、可愛い女の子は何時間見ていても飽きない。何をしていても可愛い。コンプレックスで捻じ曲がったりしていないから性格だって素直だ。別にその、ビアンとか、その道の趣味はないんだけど、好かれるのは悪くない。

 高校に進学してからというもの、私の可愛い彼女達は、ひとり、またひとりと、彼氏を作りはじめた。無理もない。私は寛大なので、止めもしないし、やきもちも焼かない(当然か)。キスしたとか、エッチしたとか、セーター編んだとか、別れたとか、そういう話をうんうんって聞いてあげる。彼女達は本当に優しくていい子ばっかりなので、最後には必ずお礼みたいに言うんだ。
「私が男だったら、フミエちゃんみたいな子を彼女にするのに」
って。

 エリカちゃんみたいな可愛い子が喫茶店で二時間も泣きべそをかいていたら、他人といえども、世の中の男どもはやっぱり気になっちゃうわけだよね。それはよくわかる。さっきから店の奥のテーブルに座っている大学生風の男の子二人がチラチラこっちを見ている。

 男の世界でも、女の子みたいに、つるむのはイケメンとキモ男なのだろうか? それとも、同レベルの男たちでマッチングするのかな。ずっと女子校にいたのでよくわからない。ちょっと観察してやろうと思って、気づかれないようにこちらもチラ見しながらルックスのチェックだ。なんとなく探り合いっぽくなってきたところで、私たちに背を向けていたほうの男の子が席を立ってこちらに向かって歩いてきた。イケメンとまでは行かないけど、まあ悪くない。……待てよ、どっかで見たことのある顔。会ったことがある、誰なんだろう?
「ヒロキ君」
「フミエちゃん」

 ほとんど同時に名前を呼び合った。
「やだー、こんなところで何やってんの? メガネかけてないからわからなかったよ」
「フミエちゃんこそ。俺はサークルの勧誘で、女子大めぐりだ。ふう、大学生も楽じゃねえな」
「リョウコ伯母さん元気?」
「ああ、元気だよ。相変わらず口の減らないババアだ」
 おっと、エリカちゃんを放っておいて、親戚話に花を咲かせていてはいけない。
「エリカちゃん、従兄のヒロキ君。大学生なんだ。この子はエリカちゃん」
 一応紹介しておくのが礼儀というものだ。

 エリカちゃんは、寝起きの仔リスみたいな顔でヒロキ君に挨拶したあと、「ごめんフミエちゃん、ママに買い物頼まれてたの忘れてた。私帰るね、また明日」
 と言って席を立った。
 エリカちゃんの失恋話は一通り終わっていて、そろそろ帰ろうかというところだったので、ちょうど良かった。私は、ヒロキ君と友達が座っているテーブルに移って二杯目のコーヒーを注文した。友達は、安田さんという人で、ヒロキ君と並ぶと粒ぞろいというか、まあ同レベルだ。悪くない。男の子は女の子と違って、同レベルでつるむのか。安田さんは当然のことながら私には興味なさそうだ。私はエリカちゃんを先に帰してしまって、すごく悪いことをしてしまったような気分になった。なんとなく間の悪い思いをしている時に、安田さんの携帯が鳴った。

 安田さんは、「うん、わかった」 とか、「それじゃ」とか、ケータイに向かって二言三言相槌を打つと電話を切り、
「それじゃ、俺、行くわ」
と言うと、小銭をテーブルに置いて席を立った。それからちょっとバツの悪そうな顔をして
「悪いね、フミエちゃん。ちょっと用があるんだ、また今度」
と、好青年っぽく手を振って店を出て行った。

続きのお話


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