掌編小説 ママのバースデープレゼント
「来週ママの誕生日なんだ、だからプレゼント買うのつき合って」
授業中に果歩からそんなメールが届いたのは先週のことだ。おいおい、そんなメールこともあろうに授業中に送ってくるなよな。俺は教壇に立って黒板に新出単語を板書する曜子先生の後姿をでれでれと眺めた。
果歩のママとは、曜子先生のことだ。美人ですらりと背が高くて、女子アナファッションの曜子先生はうちの高校のアイドルだ。なんとファンクラブまである。なにしろ美人、女教師、未亡人とそそる要素がてんこ盛り。
曜子先生は高校を卒業すると同時に当時五十歳の教師と結婚してすぐに果歩を産んだらしい。それから果歩を育てながら大学の通信課程で勉強して英語教師になった。夫、つまり果歩の父親は二年ほど前に他界した。
俺がなぜ、その超美人教師の娘、果歩とつき合ってるかだって? それはだな、俺にもわからねえ。趣味が合うってことか? 果歩は鉄オタの野宿女だ。でもあんな気が強くて喧嘩っ早い果歩みたいなやつとつき合おうなんて男は俺ぐらいしかいない。たしかに顔も体形も曜子先生に似てるといえば似てるけど、何しろおっかない女なんて、誰も果歩に手出しをしようとは思わなかったらしい。おっと、俺だっておっかなくて手なんか出せない。一年つき合ってて、何度か果歩の野宿旅行にもつき合ったけど、特に何も起こらなかった。下着姿をうっかり見てしまったことがあるけど、スポーツブラにパンツはメンズのカルバンクラインだった。で、こいつは男だと思い込むようにした。まあ、そんなこんなで曜子先生にも、果歩にもすっかり信頼されてしまい、今更どうこうするわけにもいかない。それでも果歩とは話が合うし、気を使わなくていいので、まあしょうがない。
曜子先生のプレゼントなんて、いったいどんなものを買う気なのか? そういう買い物は女子と一緒のほうがよかったんじゃないかと思ったら、なんと、着いたところは巨大なアダルトショップだった。
「ちょ……どういうつもりだよ?」
「ぐたぐたいってないでさっさとお入り」
果歩はそう言うと俺のむこうずねを思い切り蹴り飛ばした。
「痛ってえ」
「ほらさ、パパ死んじゃってもう二年でしょ。ママって色気ゼロじゃんよ。まだ若いんだからもうちょっと……ねえ。くそエロいランジェリーでも買ってあげようかと思って。そういうのって女子に選ばせるとうっかりお上品なの買っちゃいそうだし」
げっ、曜子先生にくそエロいランジェリー。ファンクラブに八つ裂きにされそうなシチュエーション。
なんとか曜子先生に似合いそうなランジェリー一式を選び、どういうわけかリモートバイブとか、ローターまで買い込んで果歩と俺は店を出た。
「もう一ヶ所つき合って欲しいところがあるんだ」
果歩につれて行かれたところはラブホ街だった。
「ちょっと、勘違いしないで。ちゃんとママにふさわしいイケメンの女風セラピを予約しといたの。だから今度はラブホの下見」
なんだ下見かよ。それにしてもランジェリーだけならまだしも、リモートバイブとか、女風セラピとか、ちょっとやりすぎなんじゃないか。
下見、したみ、しーたーみーっと、ぶつぶつ言いながら、はやる心を抑えて、隠微なスモークガラスの自動ドアの前に立つ。果歩はどんどん入っていって、パネルから部屋を選び、鍵を持ってエレベーターに乗る。
部屋に入ると、俺はわざとらしくかばんの中から「鉄道ファン」なんかを出して、ページをめくるが、内容はすべて頭の中を素通りだ。
「おっ、新しい新幹線じゃん」
ちょっと、こいつローターみたいなかたちしてねえか?
「ねえ、ママとあたしってサイズほとんど同じなんだけど、合わないと困るからさっきのランジェリーちょっと試着してみるね」
そう言うと、買い物袋からランジェリーだけを取り出し、残りの荷物をベッドの上に置き、バスルームに消えた。俺は一瞬動揺したが、果歩のことだ。さっと試着して、また服を着て戻ってくるに違いない。
だが、予想に反して果歩は黒のシースルーのベビードールで俺の前に現れた。
「%$&#!」
「……普通、似合うとか何とか言うもんじゃない?」
果歩がベッドにねっころがった俺の尻を思い切り蹴る。
「ぃ……てぇなあ。わかった、似合うよ、似合う似合う似合う」
俺は起き上がり、果歩から目を逸らして言った。
「ちゃんとこっち向いて言ってよ」
「……似合うよ」
やばい。股間が反応した。果歩は俺のズボンのファスナーに手を伸ばす。
「馬、馬鹿……そんなことしなくても……」
へんなことしたらまた蹴られると思って俺は思わず身を引いた。
「……そんなにいやなの? パパがこっそり買い集めてたエロ小説で一生懸命勉強してきたのに」
果歩の目から涙があふれ出す。俺は果歩の肩を抱き寄せキスをした。
「そんな無理しなくても、そのままでよかったのに。スポーツブラと男物のパンツでも」
慰めたつもりだった。
「ちょっと……なんで知ってるのよ」
平手打ちが飛んできた。
「い……いやっ、その……見るつもりはなかったんだけど、見えちまったんだって……か、可愛かったんだって」
「やだもうなんでそれを早く言わないのよー?」
「そんなこと言ったら蹴られると思って、言えなかったんだ」
果歩がベッドの上の布団を勢いよく剥がし、ベッドの中に滑り込む。その拍子に果歩の買い物袋が床に落ちた。
「もお、あたしの気が変わらないうちに早く」
果歩がそう言うと同時に、買い物袋は、低いモーター音を立てながら生き物のように床を這いまわり始めた。
「きゃあああ、なにこれ、くくくくっ、可笑しい」
俺たちは涙を流しながら笑い転げた。それからどうしたって? それは内緒に決まってるだろ。
(了)
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