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ふたりきり

街も夕暮れて、空が赤く染まる頃だった。
僕と彼女はスーパーで夕飯の買い物をして歩いて家路についていた。
彼女が、
「ねえ、帰り道になったらやけに人が少ないと思わない?」
と言った。
そういえば、僕らの他に歩いている人はいなくて、街はガランとしていた。そのとき、車が1台僕らを追い抜いていった。
「少ないけどいることはいるみたいだな。」
と僕が言うと
「ちょっと残念。」
と彼女が言った。静かな夕暮れの街、今日は日曜日だというのに本当に人が少ない。
「なんで残念?」
「だって、もしもこの街に誰もいなくなったとしたら、ふたりっきりでしょ。」
「まあ、そうだよね。」
「いろいろ自由じゃない?」
「いろいろ。」
いろいろってなんだろう?僕は考えたけどピンとこなかった。
「街なんかじゃなくて、世界中にふたりきりならもっといいかも。」
「世界中?それは無理じゃないか?」
「どうして?」
「食料の保存とか、世の中の機能が全部ストップするだろ?」
「現実的。」
彼女はちょっとむくれてアスファルトに転がる石を蹴飛ばした。
「まあさ、そういうの抜きにしてもだよ?ふたりきりになったら何するの?」
と彼女に聞くと、彼女は嬉しそうに答えた。
「服。」
「服?」
「欲しい服が好き勝手に着れるでしょ?」
「うん。」
「で、化粧品も高いの使いたい放題だしね?」
「ようするに、ただでおしゃれが出来るってこと?」
「うん、そういうこと。」
少し暗くなってきた街並みを眺めながら彼女は答えた。
「でもさ、ふたりきりになったら誰も見てないだろ?見てるのは僕だけだ。」
「そうじゃないんだなあ~。」
「どういう意味?」
「誰が見てても見てなくても、女の子はおしゃれでいたいものなのよ。」
「僕だけしか見てなくても?」
「もちろん。」
彼女は嬉しそうに僕の顔を見た。
「ふうん、そういうもんかな。」
「あなたがどうするのかも興味あるけどね。」
「僕?僕だったら…。」
少し真剣に考えてみた。誰も居ない世界、見ているのは彼女だけ。
「わからないけど、寒くないなら裸でいるかもな。」
「裸~?」
彼女は目を丸くして僕の顔を見つめた。
「だって君しかいないんだろ?だったら裸で充分だ。」
彼女は納得いかない様子で、何か言おうとしていた。そんなとき、ちょうどアパートについた。
「さ、帰ってきたからこの話は終わりだ。夕飯作るよ。」
「え~!なんかずるい!」
彼女は不満気な顔をすると、名残り惜しそうにアパートに入った。
ふたりきりの世界、なんて考えたことなかったけれど、もしかしたら素敵なのかもしれない、とも思った。それでもやっぱり、僕は裸だろうな、そう考えるとちょっと可笑しくなった。
「何にやけてるの?」
彼女はエプロンをしながら僕に聞いた。
「別に。なんでもないよ。」
ふたりきりの世界になったら、続きを考えよう。

<END>

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