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ウワノソラ

夜、サンシャインシティの59階のレストランで夜景を見ながら、ふたりは一日の終わりを迎えようとしていた。彼はその日無口で、なんだか彼女も合わせたように無口になっていた。
彼女は灯りの散らばったような夜景をぼんやり見ながら、あまりアルコールの強くないカシスオレンジを飲んだ。
口を開いたのは彼のほうが先だった。
「最近、いいことあった?」
「いいこと?特にないかな。」
「そっか。」
そしてまた彼はブランデーを飲みながら黙った。今度は彼女から口を開いた。
「何か悪いことあった?」
「悪いこと?」
「うん。」
「んー、別にないな。」
彼は夜景を見ながら、なんとなくぼんやりと返事をする。彼女は気になって、
「何か悩み事でもある?」
と聞いた。彼は数秒黙ってから、
「…好きなひとに、愛していると伝えることは、残酷なのかな?」
と聞いた。
「ずっと一緒にいられるなら。そうでもないかも。」
彼女がそう答えると、彼は笑顔で頷いた。

そのあと、気付けばふたりはいつもどおりの何気ない会話をしていた。あのとき彼が何を考えていたのか、彼女には分からない。きっとこの先も、ずっと分からないまま。

それでも、うわのそらの彼の笑顔が見れたときにホッと胸を撫で下ろしたのは、彼女にとって忘れられない、数少ない彼との唯一の本当のことだった。

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