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あなたも見えてますか?

 怪談話が好きであれば、賑わう街にぼぅっと立つ女の幽霊が出る話を聞いた事が一度くらいはあるんじゃないだろうか。
 だから俺も、その話をしようと思う。
 この話を体験した当時、俺は占い師をしていた。
 とはいっても、趣味で始めた占いがやけに当たると評判になり占い好きの友人から占ってほしいという人間を紹介され、俺は足代と食事代くらいで占いをするといった慈善事業みたいなもんで仕事と言えるようなものじゃ到底ない。
 あくまで趣味の延長で気楽にやっていたんだが、占いってのは他人からすると見えないものを当てられる超能力者にでも見えるらしく、オーラやスピリチュアルといったオカルトにも詳しいのだろうと思われる事がままあるもので、「幽霊を見た」だの「呪いの品を見つけた」といったオカルト話の相談を受ける事もよくあった。
「幽霊みたいな女がいるんだが、どうしたらいいと思う」
 俺にそんな話をもちかけてきたのは、以前占いをしてやった女の友人というやつだ。
 友達の友達、だからつまり赤の他人だな。男はまわりの友人に「幽霊を見たかもしれない」と話をしてみたところ、「占い師の知り合いがいる」「占い師ならオカルトに詳しいんじゃないか」といった具合で俺の名前を聞きつけてわざわざ連絡してきたらしい。
 迷惑なことこの上ないが、男は切羽詰まった様子でとにかく話を聞いてくれと泣きついてくるものだから、仕方なく話を聞く事にした
 男は普通のサラリーマンで普段は自社に詰めているのだが時々は顧客の元へ直接出向き自社製品のセットアップをするといった業務も担当しており、先月から常連の店舗に出向していたそうだ。
 最初はさして気にしていなかったのだが、何度か通っているうちに常連の店舗がある最寄り駅に奇妙な女がよく立っている事に気がついたのだという。
 つばの広い帽子を目深にかぶった長い髪の女で、伸ばしっぱなしの髪は手入れもされてなくボサボサだった。白いワンピースから伸びる腕はひどく痩せぎすで、肌は白いというより病的なまでに蒼白だ。
 そんな容姿をした女が人混みの中立ち止まり何もせずぼんやりとしている姿は周囲からぼぅっと浮き出るように見え、人混みの中でもいつだって彼女だけがやたらとハッキリ見え、それが妙に異質に思えたそうだ。
 男は最初、彼女は幽霊ではなく病人だろうと思っていた。
 幽霊にしてはあまりに現実的に見えていたのもあり、精神を病んだ女が家か病院を抜け出して行き交う人を見ているのだろうと、そう思って見ていたそうだ。いかにも危うい外見で、突然大声をあげたり暴れ出したりしそうだったからそういう不安もあったらしい。
 だが、明らかに異質な彼女に対し周囲は何ら反応を見せず普通の生活を送っていた。あまりにも彼女に頓着しない周囲の人間は奇妙に思えたが、ひょっとしたら彼女はこの街でも有名な存在なのかもしれないと、そう男は思ったらしい。
 いつも駅前で身なりを気にせず立ち尽くす女性など、いかにも腫れ物だ。地元の人たち彼女が駅前に立つ理由を知っているが、見て見ぬふりをしているに違いない。そんな風に思ったから、出先の常連に聞いてみる事にした。
「駅前に白いワンピースを来た女性がいたんですけど。あの人、いつもあそこにいるんですか」
 当たり障りのない聞き方をしたのは、もし彼女が常連客の知り合いだったら気まずくなると思ったからだ。あれだけ人通りの多い場所だし、当然常連も知っているのだろうと思って聞いたのだが常連客は首を傾げると。
「白いワンピースの女性、いやぁ知らないね。見た事がない。いつもいるのかい」
 なんて逆に問いかけてくる。
 男が常連のところへ来る時間はまちまちで、午前中に行く事もあれば午後に行く事もある。帰りの時間はおおむね夕方頃だが、男はどの時間でも彼女の姿を見つけていた。それを伝え、さらに詳しい容姿を伝えても
「知らないねぇ、見た事がない。おまえは知ってるか」
 なんて、フロアにいた他の仲間にも聞いてみる。だがフロアにいる他の面々も誰も知らないというから、男はいよいよ「あの女は現実にはいない」「きっと幽霊に違いない」と思うようになっていった。
 そうなると、もう気が気じゃない。
 あれは自分だけに見える幽霊なのか、それとも他にも見えている人間がいるのか日に日に不安が募るから、とにかく駅に来て一緒に確認してほしいと俺に頼んできたわけだ。
 随分と面倒な話が来たと思ったのが、正直なところだよ。
 何せ俺は占い師だが霊感の類いは一切ない。生まれてこのかた幽霊は一度だって見た事ないという有様なのだからもし連れて行かれても男が見ている幽霊を見つけるなんて不可能だろう。
 俺は霊感はないということ伝え、俺を連れていっても見えないのがオチだろうとも言い聞かせはしたんだが向こうは何としても付いてきてほしいと言う。
 何でも他の友人たちははなっから馬鹿にして見に来てはくれないし、かといって仕事の同僚にも頼めない。もう誰に頼んでいいかわからないから、何とか来てくれないかと情けない声まで出してくる。
 本当に、誰でもいいから一緒に確かめてほしかった。ただそれだけで必死だったんだろう。
 俺も見えない事を承知しているのなら別にいいかと思ったし、怖い話も嫌いじゃない。後々にこうした話の種になるかもしれないと思い、件の駅へやってきたという訳だ。
 場所はそう、首都圏でもわりと静かな住宅街が立ち並ぶ何ら変哲もない街だったよ。
 幽霊が出るなんて言うんだからどれだけおどろおどろしい場所かと思ったら、人通りもそれなりにあり店も多い拍子抜けするほど雑多な風景だ。おまけに今は昼下がりで周囲は随分と明るいからおおよそ幽霊なの出る雰囲気ではない。
 それだというのに男は真顔になると声をひそめて俺に告げた。
「いるだろ、あの時計がある下のあたりにワンピースを着た痩せぎすの女がさ」
 指さした方を見たが、そこには行き交う親子連れやらカップルの姿こそあれど立ち尽くす女の姿はない。
 だが男は真っ青な顔をして怯えたような様子から嘘を言ってるようには見えなかった。少なくとも、男には本当に見えているのだろう。もし見えていなくとも、これだけ熱演してるのなら担がれてもいいくらいだ。
 俺が何も見えてないという事を素直に告げるとそいつはがっくりその場に項垂れて、それからひどく嘆きはじめた。
 あれは自分だけが見える幻覚なのか、自分は頭の病気なのかもしれない、仕事のストレスで頭がおかしくなったんだなんて、急にメソメソしはじめたのさ。
 俺は男があんまりに悲しそうにしているのが気の毒になったのと、少しばかり気になる所もあったから「でも、少し確認したいことがある」と告げてもう暫く周囲を観察してみる事にした。
 実のところをいうと、男が言う時計の下は俺には何も見えなかったが違和感があるのは確かだったんだよ。
 それを確かめたくなって、もう少し眺めてみることにしたのさ。
 俺が違和感を覚えたのは時計下あたりにある人の流れで、そこは整備された歩道になっていて別段狭まっている訳でも通りにくいようにも見えないのだが何故だか一部だけ避けるように人が通って歩くから、それが妙に見えたんだよ。
 最初は気のせいかと思ったんだが、暫く眺めていてもやはりそこは人が避ける。まるで誰かが立っていて、それを避けるようにすすっと人がズレるように動くのがはっきりとわかるんだ。
 中には明らかに人を避けるような足取りになる奴もいたし、何かに驚いたように避けていく奴もいた。
 それに気付いた後、さらに周囲を伺えば時々だが男が「いる」といった場所をじっと見ている人間が何人かいるようにも見えてくる。男の言葉が本当なら、彼女の容姿はかなり異質だ。やはり不気味に思い、つい見てしまう人間もいたのだろう。
 最もこれは俺が男から「その場所にいる」というのを聞いているからそこばかりが気になって、そのように見えただけだろうとも思う。それでも10人いれば1、2人はそのような動きをするのだからただの偶然と言い切るには少し不自然に思えたし、何よりあまりに落胆する男が少しばかり気の毒に思えていてね。
 少しでも慰めになればいいと思い、推測だがと声をかけたのさ。
「俺には見えないが、あの周辺を避けて通る奴がいるのは確かなようだ。それに、向こうに座ってる男はしきりにあの場所を気にしているようにも見える。どうやら見えるのはおまえだけでは無さそうだな」
 推測の域を出ないが、俺が見た限りの事実を伝えたら男はひどく安心したように
「そうか、やっぱり幽霊だ。あれは幽霊なんだ」
 なんて言いながら笑っていたよ。
 いやはや、幽霊だったと喜ぶ奴がいるというのもおかしなものだが、自分だけが見えている幻覚じゃないと思えるだけで嬉しかったんだろう。幽霊が見えているというのと、自分の精神が歪んでいて幻覚が見えているというのとでは、後者のほうがそいつにとって恐ろしい事だったんだろうな。
 さて、男は幽霊が見えていた事に随分と安心していたようだが、実際のところ怪談話で幽霊が出て良かった事などありはしない。
 だから俺は念のため
「必用がないならこの場所にはあんまり来るんじゃない。見えていても、見えてないように振る舞った方がいい。向こうはおまえが見えているのに気付いたら何かしてくるかもしれない。幽霊というのは、そういうものだからな」
 と、少しきつめに釘を刺しておいた。
 俺は占い師なんだが、男と似たような理由からオカルト話を持ちこんでくる手合いも多かった。幽霊に声をかけたら付いてくるようになったなんて話をする連中も結構いたものだから、注意したってわけだ。
 幸い、男は常連のところへ通うのもう終わりそうだという事だし、この場所を通らなくても生活に問題ないという。
 きっと男は、自分以外にも誰かが幽霊らしい姿を見ている、その安心感が欲しかったのだろう。
「もう幽霊になんか関わりませんよ、幽霊だってわかったら恐ろしくて近づけない」
 俺と別れた時は冗談めかしてそういった。随分と清々しい顔をしていたよ。
 だが、安心もあったのか油断をしていたんだろうな。俺の所に電話がかかってきたのは、それから一ヶ月もしないうちだった。
「すいません、どうも幽霊に取り憑かれてしまったようで、何とかなりませんか」
 電話の相手は件の男だった。
 まったく、霊感がない占い師に何を頼んでるのだって話だが、どうしてそうなったのかは興味がある。それに、向こうは誰かに聞いてほしいのか勝手に話をつづけるから、聞きたくなくても聞こえてしまう。
 男の話は、概ねこのような事だった。
 幽霊らしい何かが見える。そしてそれは、特にこちらに害を与えてこないらしい。自分は安全、大丈夫だ。
 そう思ったらムクムクと好奇心が沸いてきたのか、男は常連客の元へ行くたびに女を観察するようになっていたのだという。
 遠目で観察していれば俺が言う通り、何人かの人間は彼女を避けて通っていた。時々は彼女に気付いて怪訝な顔で見る奴もいる。やはり見える人と見えない人がいるようで、その人数は俺の言う通り、10人のうち1,2人くらいの割合に見えた。
 そんな風に遠目で観察をつづけていたところ、ふとある時、自分と同じようにその幽霊を観察しているような男がいることに気付いたそうだ。
 男は自分と同じように人の流れを目で追いかけて、彼女の方へと視線をやる。彼女を避ける人間の姿を見て、その様子を窺っている。
 それを見てあの男もきっと自分と同じ女性を見ているのだろうと確信した。
 男にも彼女の姿が見えていて、自分と同じように見えている人間がいないかどうか探しているに違いない。そう思ったら、急に話しをしてみたくなったらしい。
 男が自分と同じものが見ているのか確かめてみたかった、そういう気持ちもあったんだろう。
 同じものを見て、あの女が幽霊だというのを共有する仲間が欲しかったというのも少なからずはあったに違いない。
 すぐに男へ近づくが、どう話しかけたらいいものかと考え立ち止まる。あそこの女が見えてますか、と話してみるのもおかしい気がする。だが今のチャンスを逃したら、次は会えないかもしれない。
 そうして戸惑っているうちに、向こうから話しかけてきた。
「失礼ですが、あなた彼女のこと見えてますよね」
 念を押すように言われ、あぁ、やっぱりこの人も見えていたんだな、と思って安心したような気持ちになったようで
「えぇ、見えてます。ひどく痩せた白いワンピースの女の人、あなたも見えてるんですか」
 確かめるように言えば男は何度も頷いて、しきりに背後を指し示したそうだ。
「見えてますか、あの人ですよね。ほら、あの、女の人」
 男があまりに急かすように確認するものだから、あぁその通りあの女性だと言おうと思い振り返る。
 するとどうだろう、それまでずぅっと遠くにいたあの女が今はすぐ隣に立っているじゃぁないか。
 手入れがされてない乱れた髪は指先に絡まるほど近く、目深にかぶっていたつばの広い帽子から今は両目がこちらを見ている。痩せた身体に不釣り合いなほど大きな目は赤黒く染まっており、そこが目玉なのか空洞なのかわからない有様だ。吐息がかかるほど近いのに息がかかる様子もなく、彼女の周囲はまるで空洞があるかのように冷ややかだった。
 それにしても何と憎悪の籠もった目をしているのだ。まるでこの世界の全てが憎いかのような表情を前に、男はようやくこの女が幽霊だということと、決して安全な存在ではないという事に気がついたそうだ。
 恐怖と不安とから、見えているかと聞いた男に助けを求めようとするが、男を見ればすでに姿はない。ただ遠くへ逃げ去る背中だけを見てようやく気がついた。
 あの男はきっと、この幽霊に見つかったのだろう。そして自分のかわりに、彼女が見えている誰かを差し出そうとしたのだろうと。
 この幽霊に害がないようにみえていたのだとしたら、きっとあの男を呪っていたからだ。彼しか見ていなかったから害がなように見えていただけだが、実際は何かしら未練のある悪霊だったに違いない。
 気付いた時はもう遅い、女はじっと男を見据え、じりじり後からついてくる。男はすぐに電車へ乗るとすぐに自宅に戻って行き、蒲団をかぶって寝てしまった。
 幸いといえばいいのか、女はその場からあまり遠くにはいかないようで駅から離れた今は別についてきてはいないらしい。家に現れる訳でもなく目立った霊障もないのだが、今のところはついてこないが、じきに家にまで来るのではないか。いずれ呪い殺されるのではないか。
 それを考え出したら気が気でないのだという。
「お祓いとかしたらいいんでしょうか」
 最後はもう涙声だった。
 俺は気が済むならそうすればいいとは言った。不用意に近づくなと忠告はしていたから、それを反故にしたのは向こうの責任だろう。
 こっちで出来る事はない、その場にも行かなければいいとも伝えた。
「そうですよねぇ、結局それが一番なんですよね」
 男は俺に話したら幾分か楽になったのか、少しは明るさを取り戻していた。
 だけど最後に言った一言は、どうにも恐ろしく忘れられないんだよ。
「それでも、もし女が来たら……あの人がしたのと、同じ風にすればいいんでしょうから」
 俺は何もいわなかったが、多分男はそうするだろう。だから、俺はもうその駅には行ってない。
 あの時は見えなかったが次に行ったら見えていたら困るし、それでアイツに面倒を押しつけられるのは絶対にゴメンだったからな。
 さて、あれから男と会ってないしあの場所にも行ってないから何がどうなったのか、もう俺にはわからないし確かめようとも思わないが……。
 しかし、まぁ世の中恐ろしいのは幽霊ばかりじゃないものだとはつくづくそう思うよな。
 幽霊なんざよりずぅっと怖くてずぅっと汚い人間を、あの女の幽霊はいくらでも見てきているんだろうよ。そりゃぁ憎悪の目にもなるってもんだ。なぁんて、な。
 俺の話はこれだけさ。

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