先日の情熱大陸
写真家の西野壮平氏が取り上げられていた。
あの日 手にしたピルの色が違った
もう1人の自分のよう。
蔦谷好位置氏の
締切のある自分と自分の作品を作る自分の違い
に対する感覚の話。
私自身はそのフィールドでは
運がなかったのではと 自分以外の何かのせいにしつつ
あまりに残念な存在である自分を恥じるしかない。
しかし
【全く理解出来てない父親というフィルターに挑む】
という表現者として一番大事なスタンスは
完全に失念していた。評価を聞こうともしていなかった。
散々聞いた 空返事のような褒め言葉
結局は
自分自身の父親としての在り方が間違ってないか。
そこへ戻ってくる。
答えは壁の向こう側なのはわかってるのにな…
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