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車の中で聞く雨の音が好きだ

できれば少し古めの車がいい。
防音の効いた最新の高級車ではなく、少し古めの大き過ぎないのがいい。



駅前のロータリーに車を停め、シートを少しだけ倒す。
さっきまで明るかった空が急に曇りだし、あたりの明るさも1段階下がり、青々としていた緑の葉も彩度が落ちてくすんで見える。

ポツポツと大粒の雨が車の屋根を叩き出し、やがてそのドラミングの間隔が狭まり一気にひとつの音の塊になる。音の隙間が無くなり、雑味が無くなり、耳が慣れ、逆に静けさを感じるような、そんな感覚。

車の窓ガラスにはいく筋もの雨粒の川がゆらゆらと形を変えながら流れ続け、ダッシュボードに幻想的な光の影を落とす。

突然の雨に傘も無く走る人たち。足元を気にしながら、傘に隠れるように体を丸め、小さい歩幅で歩く人たち。
そんな景色を眺めながらしばし雨音と街の音を聞く。


車の中は温かく、大抵のことが起きない限り守られている。降り続く雨でこのあたり一面が水没しない限り。路線バスの運転手が誤ってアクセルを踏み続けてこの車に突っ込んでこない限り。
温かく、守られている。


「ここは大丈夫。ここは安全…」

どこかで誰かが話す声が聞こえる。

「ここは安全だ。ここは大丈夫…」


あぁなんだ。これは僕の心の声か。
車内の心地よさのせいで心の声まで聞こえるようになったのか。

胎内回帰。心のどこかで、安全な場所に戻って人生を一からやり直したいと思ってるのかもしれないな。

ハッ、と一人息を吐くように笑い、エンジンをかける。
どうやら雨は上がったようだ。
一度だけワイパーを動かし視界を確保する。右ウインカーを出しながらブレーキから足を外す。アクセルを軽く踏み込んだ時、かすかに何かに乗り上げたような感覚があったが気にせず車を走らせる。


『今日午後4時半ごろ、〇〇駅前のロータリーで男女の小人が2人、ペチャンコになった状態で発見されました。小人の確認は国内初となりますが、残念ながらいずれも発見された時にはすでに死亡していたということです。
小人のまわりにはちょうど車一台分の路面が乾いた状態で残されており、停車中の車の下で雨宿りをしていたところ、動き出した車の下敷きになり圧死した模様です。

なお、警察は周囲の防犯カメラや目撃情報などから走り去った車の落ち主を特定し…』




小人殺しは前例がないため、事情聴取を受けた私はとりあえず一晩警察署で留置されることとなった。
狭くて暗い、子宮を思い出させるような留置場で。


「僕は大丈夫。ここは安全だ…

でもここは…    温かくはない…」



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