交尾はまだか?
桜がギリギリ満開を保っている午後。
いつものごとく、ウォーキングに出かける。
川沿いにある大きな桜の木。
その木のそばに、大きな木製ブランコが素敵な、平屋建てのおうちがある。
ログハウス風のおうちが、桜の大木にとても馴染んでいる。
はらはらと散りゆく花びらが、ログハウスに降り注いでいる。
風もなく、おだやかな空。
えっ?
風もないのに、えらく花びらが散っているなあ。
もうすぐ散り時を迎えるとはいえ、けっこう激しくはらはらはら。
そこは、とても静かで、聞こえるのは川の流れの音のみ。
ん?
いや、もう一種類、何かの音が聞こえる。
しゅっ、しゅっ、しゅっ。
しゅ~~。
どうも、桜の花びらのはらはらはらと、しゅっ、しゅっ、しゅ~は連動しているようだ。
少し歩みをすすめると、桜の木のそばに、4歳くらいの男の子の姿が見えてきた。
肩からかつぐほどの、大きな水鉄砲を持っている。
4歳とはいえ、かなりの射撃技術のようだ。
射撃の対象は、もちろん桜。
めちゃくちゃ楽しそうな表情で、ねらいを定める男の子。
私は、新しい花見の楽しみ方を知った。
そこから、少しはずれて路地にはいったあたりで、カエルの声を聞く。
今年の初聞きである。
げろろ、ゲロロ、げろろ。
げろろ、げろろ。
カエルといえば、田植えを思い出す。
棚田ボランティアという名前で、たいして役にも立っていないが、毎年棚田に田植えをしにいっている。
老若男女さまざまな人々が集まり、子どもたちもやってくる。
子どもたちは、田植えというよりは、カエルやザリガニ捕りに夢中で、田んぼの周りを走り回っている。
その中の少年の一人が、私と同じ田んぼに割り当てられている。
彼も、他の子どもたちと一緒に、田植えよりもカエル。田植えよりもザリガニ。
ただ、よく見ていると、彼は自分では捕らない。
カエルを捕ろうとしている他の子どもたちに、うんちくをたれてはいるが、自らはあまり手を出さない。
時々、網を持ってはみるものの、水につける程度。
しかし、
「カエルおった~。」
「ザリガニつかまえた~。」
の声がする方には、一目散に駆けつけている。
そんな彼は、時々私と話をする。
まったく興味がなさそうな表情で、でも、淡々と会話を続ける。
「カエルとったん?」
「うん。まあ。」
「そっちに、ザリガニようけおったで。」
「知ってるわ。」
「あっちにミツバチの巣箱があるで。」
「うん。見にいこ。」
「となりの畑で何つくってるんやろ。」
「ちょっと見てみようや。」
と、まあ、どっちがどっちかわからんような会話を、盛り上がることもなく続ける。
tupera tuperaのTシャツがよく似合っている彼。
でも、いまだに、名前は知らない。
名前を知らずとも、会話になんの不自由もないのだ。
私は、「tupera tuperaの子」 と、心の中で、彼のことを呼んでいる。
静かになったなと思うと、田植えに燃えていたりするのも面白い。
生き物にしか興味がないのかと思いきや、突然、田植えスイッチが入ることもあるようだ。
彼が植えた苗を、お父さんがだまって植え直しているのも、ほほえましい。
どうしてもまっすぐに苗を植えられないので、収穫時に困るだろうとの、お父さんの配慮のようだ。
でも、ぐにゃりと曲がった苗の列が、私は好きだ。
tupera tuperaのクマの絵と、なんだか似合っている。
そんな彼が、珍しく、私の個人的なことに関心を示してきた。
「家どこ?」
「〇丁目。小学校から数えて7軒めやねん。」
「ふ~ん。今度遊びにいこっかなあ。」
私と、いったい何をして遊ぶというのか?
「家は、誰がいるん?お母さんいるん?」
「お母さんはいないねん。おじさん(夫)やったらおる。」
「ふ~ん。子どもは何年生なん?」
「もう何年生でもないねん。大きいからなあ。」
「えっ?高校生くらい?」
「ううん。もっと大きいねん。」
「もしかして、大人か?」
「まあ、せやな。」
「そうか。交尾はまだなんやな。」
???
交尾?
そばで、苗を植え直していた彼のお父さんが、慌てて大きな声を出す。
「そ、それを言うんやったら、結婚やろ。お前は、もっと小学校3年生らしい表現をしろ。それは、結婚や!!!。」
「ふ~ん。」
いやいや。けっこう小学校3年生らしいと思うけど。
今年も、あと一か月ほどで田植えの季節。
彼に、また会えるだろうか。
けっこうパッツンパッツンになっていたtupera tuperaのTシャツを、
今年も来ているだろうか。
もうサイズアウトしてるかなあ。
でも、大丈夫。
私の中で、彼は、「tupera tuperaの子」から「交尾の子」にとっくに変換されているからな。
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