前菜だけしか食べないネットニュース読者

   テレビやスマホなどメディアとの接触時間が増えるなか、その伝え方によっては、ものの見方にバイアスがかかるようになっている、と明らかにした本がある。

 ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著「ファクトフルネス」だ。メディアを利用する側の思い込み(本能)と、その思い込み(本能)を利用して、ニュースを読ませようとするメディアの双方が、世の中の見方を誤らせているという。

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 思い込みは10あり、10の本能として紹介される。解説はそのまま引用するとわかりにくいので、「意訳」した。

(1)分断本能ーー世界は分断されていると思う。

  例えば、先進国と途上国。世界のほとんどの人はその中間にいる、という。

(2)ネガティブ本能ーー世界はどんどん悪くなっていると感じる。

 「悪い」と「良くなっている」が両立することを理解すべきと著者は言う。いまの状況は「悪い」かもしれないが、過去と比べれば「良くなっている」。メディアは「悪いニュース」を積極的に伝えようとするから、「良くなっている」ことは誰の耳にも入らない。だから世の中はどんどん悪くなると感じてしまう。

 このほか、(3)直線本能(いまの状況がそのまま続くと考える)、(4)恐怖本能(必要以上に恐怖を感じてしまう)、(5)過大視本能(目の前にあるものを過大視してしまう)、(6)パターン化本能(なんでもパターン化してしまう)、(7)宿命本能(宿命からは逃れられないと考えてしまう)、(8)単純化本能(物事を単純化して見てしまう)、(9)犯人捜し本能(誰かが悪いことを仕組んだと思う)、(10)焦り本能(いまやらなければ取り返しがつかなくなるという焦りで思考も行動も停止する)があるという。

 そして、同書の著者は「世界を理解するのにニュースは役に立たないと気づくかどうかは、わたしたちにかかっている」と言う。

 新聞、テレビに限らず、ネットなどを通じても提供されるようになったニュース。「短時間で効率的に」発表、発生ものを伝えることが優先されるようになっており、ニュースの背後になにがあるのか。なぜ、それを報道するのかといった記者の意思が見える記事はほとんどない。そんなニュースは確かに「役に立たない」と言われてもしかたがないのかもしれない。

 MMD研究所がインターネットリサーチサービス「スマートアンサー」と共同で実施した「2020年 ニュースに関する意識調査」(スマートフォンを所有する18歳~69歳の男女1116人を対象に2020年9月3日に実施)によると、「テレビ」がn78.1%と最も多く、「動画」(59.6%)、「SNS」(49.3%)、「ニュース系アプリ」(48.5%)、「ニュースサイト」(44.1%)と続く。「新聞」は3割に過ぎない。

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 年代別に見ると、10~20代は「動画」が68.5%、「SNS」が67.2%で「テレビ」(64.2%)を上回った。新聞は16.4%。

普段利用するメディアMMD2021002

 特に若い世代を中心にニュースをYouTubeやTwitter、LINEなどでチェックすることが当たり前になりつつある。

 2021年10月31日に行われた衆院選挙。テレビ各局だけでなく、新聞社の電子版、LINE、Twitter、Yahoo、YouTubeなどでもニュースをチェックした。

 出口調査などを通じて「当選確実」を打つのは新聞社やNHKが早いので、選挙結果の速報はNHK、新聞の電子版を見ることが多かったが、ある時点で、話題の人の当落はどうなったのかをチェックしたいと思ったときはLINEが写真付きで一覧できるようにしており、便利だった。人気の秘密がわかった気がした。

 YouTubeは民放全局の動画が見られ、テレビが家にない若者には、テレビの代わりになっているのかもしれない。私はNHKと民放5局の8時から12時までの番組はすべて録画しているので、関心のあるニュースは各局の伝え方を比較して見ているが、そんな時間のない人はYouTubeのチェックで十分なのかもしれない。

 ただ、選挙が終わり、今回の選挙の分析となると、やはり新聞に一日の長があると感じた。

 Yahooなどの非新聞社系ネットニュースにも言えることだが、ネットニュースや動画、SNSには、世の中の出来事を深掘りしたり、分析したりするコンテンツがほどんどない。

 もちろん、ネットニュースや動画、SNSに解説や分析がまったくないわけではないが、数が絶対的に少なく、広い意見を拾うところまではいっていない。

 選挙という大きなニュースショーを経てメディアを比較すると、新聞の積み重ねた取材力、分析力の強さを感じる。

 以前、アンケート調査などを手掛けている人に「若者に『ニュースを知るために一番利用するメディアはなんですか?』と聞くと、SNSなどが一番上にあがってくる。けれど世の中の動き、世界の動きはどんなメディアで知りますか?」と聞くと、新聞やテレビが上位にあがってくる」という話を聞いたことがある。井上陽水は「傘がない」で、新聞報道よりも、君に会いに行くための傘がないことが大問題ーーといった詞を書いていたが、今の時代、身近な話題こそをニュースと呼ぶようになっているのかもしれない。

 YouTubeやSNSニュースも芸能、スポーツのニュースが政治や経済のニュースと等価に並んでいる。ふだんはそれで全く問題はなく、それが普通の人間の関心分野だと思うが、「いつもそれだけで終わる」としたら、少し悲しい。

 新聞社で記者をしていて、発表の処理なども当然してきたのだが、力を入れてきたのは、世の中で起きている新しいことや、頑張っている人たちを紹介すること、困っている人を助けるための記事を書くこと、なぜいま社会にこんな制度しかないのか、といった問題を探ることーーなどだ。それは日々流れるニュースだけを追っているのでは伝えられない。日々のニュースを伝えるだけの物足りなさから、いろいろ調べて、囲み記事と言われる新聞の左側に置かれることの多い記事に今の現象、その背景、今後ーーなどを分析してしっかりとその時々のニュースを深掘りしてきた。それも読んでもらって、初めて、個々のニュースの位置付けもわかってくる。

 生活情報になると、「個々のニュース」などはほとんどなく(そんなに人の生活は大きく変わるものではなく、大きな流れをつかまないと生活関連の突っ込んだ記事は書けない)、まとめの記事が多い。なぜ、この問題を取り上げるかをはっきりさせた上で、今の現象、背景、今後をしっかりと書き込む。

 それでも、「これだけの字数では伝えきれない」と思う日々だった。

 記者は事実を追う中で、その全体像を理解し、疑問を感じ、深掘りをしていく。しかし、その部品でしかない個々のニュースだけがピックアップされてネットで流される。それだけを消費して満足する読者は、コース料理の前菜だけを食べて帰る人のようなものだ。もっと奥深く、もっと広く、世の中の動きを知りたくないのだろうか。

 そう感じる、いまの「ニュースの現状」だ。




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