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未明の神

 学生時代に通った大学前の飲み屋を継ぐ話があって、それまで勤めていたパスタ屋を辞めた。任された新店が一区切り付いて、辞めるなら今だと思ったところへその話が来たから、深く考えずに辞めてしまった。
 そうして大阪へ戻って店に立ち始めたまではよかったが、そこからがどうも上手くない。
 元々 “大阪のおばちゃん” がお客を繋ぎ止めていたような店で、どうも自分の性格では上手く噛み合わない。じきにお客が離れて暇になった。
 あの時おばちゃんと金銭面でどういう約束になっていたのかもう判然しないが、存外焦ることもなく、こうなれば焦ったってしようがない、やってる内には新しいお客も付いてくるだろうと、お客のいない間に自分はギターの練習を始めた。
 ただ、ギターを弾いていたって金は入って来ないから、とりあえず朝刊配達のバイトもやって生活費を稼ぐことにした。

 新聞屋では、土地勘のある大学周辺を任された。数年前まで遊び回っていた街で未明に新聞を配達するのは何だか不思議な気がした。
 始めたばかりでまだスーパーカブの扱いに慣れない頃、曲がろうとした拍子に前カゴから新聞をぶちまけたことがある。配り始めは前にも後ろにもどっさり積んでいるから、よほど気を付けないとふらふらしてこういうことになるのである。
 うんざりしながら拾っていたら、大学生らしき若者が駆け寄って一緒に拾ってくれた。
「ありがとうございます」と言うと「頑張ってくださいね」と激励されたから、もう一度「ありがとうございます」とお礼を言った。
 全体、いくら大学前でもあんな時間に出歩いている人がそうそういるものではない。あれはきっと神様だったのだろうと思う。

 結局飲み屋はじきに諦めた。そうして再び会社員になって、今度は名古屋へやって来た。

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