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鼠と土竜

 母方の墓は、広島でも島根との県境に近い山中へ先祖代々のが揃っている。自分の実家からはいささか距離があるから、帰省時に行くつもりでいても、ちょうど大雨が降ったり、何かの弾みで都合が悪くなったりして、なかなか行けずにいた。
 たから今回の帰省ではきっと行くつもりでいたら、「熊が出るからやめておきなさい」と母が言う。最近そういうニュースをテレビでよく流しているし、実際これまで熊に墓を壊されたこともあったから心配しているのだろうけれど、そんな事を云い出したらもう未来永劫あそこの墓には行けなくなる。だから強行的に行ってきた。

 墓の近くに祖父の生まれ育った古い家があり、以前は親戚のおじさんが住んで墓守をしていた。そのおじさんも年を取り、街中へ引っ越してしまった。手を入れる人がいなくなったものだから、家はもう完全に廃屋である。
 あちこちで床が抜けているのを、注意しながら入って行くと、視界の隅に黒いヒラヒラするのが写った気がした。鳥なら羽音がするし、蝶や蛾にしては大きかったように思う。よく見ると、奥の天井にコウモリが数匹ぶら下がっていた。結構大きなやつで、気持ちが悪いからそれ以上踏み込むのは断念した。
 手前の大広間に古い本棚が残っている。これは祖父が使っていた物である。自分がもらって名古屋へ送るつもりでいたけれど、もたもたしている間に雨ざらしになって、随分傷んでしまった。
 もうこの本棚は、下手に持ち出すより、ここで家屋と一緒に朽ちる方がいいのかも知れないと思って、手を合わせてお別れした。

 玄関で何やら小さな動物が死んでいるのを指して
「ネズミが死んでるぞ」と娘に言うと、娘は存外興味を持った様子で、覗き込んだ。
「本当だ。ネズミが死んでる」
 すると横から母が「それはモグラよ」と訂正した。母も子供の頃にはここで暮らしていたから、モグラなどは見慣れているのである。
「指の間に土掻きがあるでしょう?」
 確かに、指の間に膜のようなのがあるらしかった。



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