カーディガン、ひょっとこ野郎(2024/02/26)
いつも職場で着ているカーディガンの肘が破れた。
もうじき暖かくなる時期に新しく買うのは何だか面白くない。破れた所を縫ってごまかしたが、生地が薄くなっていて直ぐにまた破れる。都合2回繰り返して見切りをつけた。
代わりにセーターがあったのを着ることにしたけれど、割と良いセーターで、仕事で着るのはどうも勿体ない。それで今日はワイシャツだけで出勤したら、随分寒くて辟易した。
シルバー雇用の園田さんは、いつも黄色いカーディガンを着ていた。
ある時園田さんがデスクへ来て、自社サイトを印刷したのを指しながら「君、どうしてここへ●●マークを入れたのだね?」と言い出した。
●●マークとは、園田さんが管理を担当している、ある認証マークである。見ると確かに誤解を招きそうな紛らわしい位置に表示されている。
「あぁ、気付かなかった。消しときますよ」
「いや、消す必要があるかどうかはこれから調べてみるよ。その前にここに入れた意図を知りたいのだよ」
それによってはこのまま残しておけるかも知れない、ということらしい。
そんな面倒なことをしなくたって、別に無ければいけないものでもないのだから消した方が早い。全体、そこに配置した担当者はとっくに退職したから、今さら意図などわからない。
そう云ったら園田さんは、「勝手に使われたら困るんだよ」と急に語気を強めてきた。この人にも突然怒り出す癖がある。
その言い方と、「勝手に」のワードで自分のスイッチが入った。
「じゃけぇ消す言うとるじゃろ。意図じゃぁ何じゃぁ、お前がうだうだ言うけ、ややこしゅうなっとんじゃ。大体、勝手に使われて困るようなもんなら共有サーバーに置いとくな。ひょっとこ野郎が」
さすがに言い過ぎたと思った。
園田さんは「じゃぁ消せ!」と言って去った。
それから1年以上お互い口をきくこともなく、たまにうっかり挨拶しても無視された。
そのうちに社内で園田さんを見なくなったからとうとう辞めたかと思ったら、体を壊して入院したと聞いた。
そうしてその翌月に訃報が届いた。
まさか亡くなるとは思わなかったから驚いた。このままにしておくのも気分が悪いので、通夜へ詫びに行くことにした。
園田さんの亡骸は、やっぱり黄色いカーディガンを着ていた。
「着てるみたいに上から被せてるんですよ。生前気に入って着てたから」と、奥さんが言った。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。