どん兵衛、ひよこ

 幼稚園の年長組の時、一度、土橋君の家へ遊びに行った。
 土橋君のお母さんから後で聞いた話だと、彼は「百君と遊びたい」と常々云っていたそうで、そんなに遊びたがってくれるなんて、と自分の母は大いに感銘を受けていた。

 あの時、何をして遊んだのかはもう覚えていないけれど、おやつなのか何なのか、どん兵衛を一緒に食ったのは覚えている。
 お湯を入れて待つ間に土橋君が「お前、揚げから食う? 麺から食う?」と云ってきた。
 どちらから食うかなんて考えてもいなかったし、この時はまだ油揚げにそこまでの重要性も感じていなかったから、「麺から」と答えた。
 そうして実際麺から食ったのだけれど、その後で食った油揚げが存外美味くて驚いた。どん兵衛の油揚げの存在意義を初めて実感した瞬間だった。
 今でも、どん兵衛はどっちから食うか少しだけ迷う。

 土橋君の家には鶏が一羽いた。祭りでもらってきたひよこが、死なずに育ったのだと云った。朝になったら声高らかに鳴くそうで、近所には随分迷惑だったろうと思う。

 数年後のある時、日が暮れた後になって山内と吉山が突然やって来て「ひよこをもらってくれ」と云い出した。
 祭りでもらって帰ったけれど、数が多すぎて親から怒られたのだという。抱えているダンボールには、ひよこが十羽ぐらい入っていた。
 自分はこの二人が好きでなかったけれど、ひよこは可愛かったから一羽だけもらっておいた。
 ただ、もらったはいいが、何を食わせたらいいのかわからない。取り敢えずレタスの葉を一枚与えたが、一向に食わないでぐったりしている。
 少し経ってから見るとレタスが減ったようだったから、「あ、食べた」と云ったら、萎れて減ったように見えるだけだろうと母が云った。
 この時点で母は、ひよこがレタスなど食べないのはわかっていたのだろう。
 結局ひよこは、翌朝死んでしまった。自分は庭に墓を作ってやった。

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