紛糾
パスタ屋で店長になって、じきに首都圏の店長会議があった。昔のことだからあんまり判然しないけれど、全部で五十人ぐらい集まったと思う。店長会議に出るのは初めてで、様子がわからないから結構早めに行った。
時間を潰そうと思って近くのマクドナルドへ入ったら、同じブロックの先輩店長が三人ばかり集まっていた。
「お、百。来たか」と竹村さんが言って手を振った。
竹村さんは新卒の頃に世話になった元上司である。竹村さんの他には、白田さんと奥山さんがいた。白田さんはブロック内で一番古株である。前に、店舗裏のドブ川に落ちてメガネのレンズを失くしたのだと噂で聞いた。奥山さんのことはよく知らない。
竹村さんはニヤニヤしながら、「会議なんて、えらい人たちの話を聞くだけさ。別に大したもんじゃぁない」と教えてくれた。
白田さんがちょっと顔を顰め、「竹村店長、そういうことはあんまり言わない方が」とたしなめると、竹村さんは「ウヒヒヒヒ」と笑った。
話を聞くだけで朝から東京へ呼び出されるのはつまらないが、会議をやらないわけにもいかないのだろう。そんなことは自分が云ったって始まらない。逆に、聞いているだけで済むなら随分気楽であると割り切ることにした。
会議が始まってからもその心持ちで安心していたら、二番目にえらいエリアマネージャーの話の後で、「ちょっと待ってください!」と大声をする人があった。
三十ぐらいの男前である。
「ちょっと待ってください!」
「……何ですか?」
エリアマネージャーは一応そう言ったけれど、いかにもうんざりした様子だった。
「Bブロックのマネージャーに、よそから来たばかりの方が就任されると聞いたんですが、本当ですか?」
話の内容は、別部門から来たばかりで店長経験もほとんどないような者にマネージャーをやらせるより、ベテラン店長をその職につけるべきだという主張であった。彼の云うベテランとは、彼自身のことだったろう。
「私も同意見です」
別のベテランも一人立ち上がって加勢を始めた。こちらは何だかセサミストリートに出てくるバートに似ている。だから見た目はあんまり男前でない。
「会社方針で新規出店をどんどん進めて、新しい店長も二番手の社員も増えています。頑張れば店長職の次にブロックマネージャーになれるんだと、はっきり示すことは、この会社で働くモチベーションを彼らに与えることにもつながります」
「逆に、よそから来たばかりの人がいきなりその職に就くのでは、頑張る理由がなくなって、退職者を増やすことになりかねません」
ブロックマネージャー以上はみんな顰め面をして黙っている。男前とセサミの主張が正論だから、「黙れ」と押し込めるわけにいかないのだろう。
一部の反発で、会社が一度決めたことをひっくり返すとも思えないが、これがどう幕引きされるかは興味深い。自分は黙ったまま、内心ニヤニヤしながら聞いていた。他の店長もみんな、そんな感じだったろうと思う。
隣を見ると、竹村さんは目を閉じて居眠りしていた。
男前の名前は浜田さんといった。浜田さんはそれからじきに辞めてしまった。
それから十年後に、自分は別の職場で同じ名前の上司についた。面倒くさい人だった。そちらは別段男前ではなかったし、きっとあの浜田さんとは関係なかったろう。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。