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屋上、春夏秋冬

 新井の見舞いで、呉市の総合病院へ行った。彼には高校時代に随分世話になった。まさかこの年で病を得るとは思いもしなかったから、土居から聞いた時には驚いた。
 驚いたと云えば、高校時代の新井は見るからに悪そうな面構えだったのに、土居から見せられた写真は何だか真っ当な男前になっていた。新井だと云われたからそんなふうに見えたので、黙って見せられたら知らない人だと思ったろう。事によると土居のやつが別人の写真を使って担ごうとしているのではないか知らとも思われたが、そんな事をしたって何の得にもならないのだから、きっと違うだろう。

 見舞いに行くと、随分大きな病院だった。屋上と、その下の階が駐車場になっているらしい。
 こんなショッピングセンターみたいな構造の病院は他に見たことがない。病院がショッピングセンターに似ていては、何だか不真面目なようにも思われた。もっとも、不真面目だって新井を治してくれるのだったらこちらは一向構わない。
 建物の脇に駐車場入口があったから、そこから車で入った。
 そうして螺旋状に回りながら登って行くのだけれど、随分行っても駐車場に届かない。
 自分の勘定では、とうに十階を超えたはずである。どれだけ高い建物なのだろうか。
 もっとも、勘定と云っても気持ちの問題だけで、きちんと数えたわけではないから確証はない。
 壁に階数らしき表示はあるけれど、どういうわけか春夏秋冬で書いてあって、何階なのだかさっぱりわからない。
 春夏秋冬なら四階までしかなさそうだが、実際はそうでない。同じ文字が一度きりでなく何度も現れる。先刻から夏の字を三回は見た。
 おまけに、アルファベットや簡体字や、何だか読めない文字で書かれた階もある。読めない文字はそもそも春夏秋冬なのかも判然しない。また、判然したところでどうなるものでもない。
 こうなると、書かれているのが階数表示なのかも随分疑わしい。
 自分は、階数を数えながら来ればよかったと後悔しながら、ずっと登り続けた。
 もう新井には会えないのだろう。

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