九龍城とゴリラ
二十代の終わり頃、大阪で随分古いワンルームマンションに住んでいた。
1階に中華料理屋があって2階はその倉庫、3・4階が居住スペースだった。
4階廊下はコンクリート剥き出しだったが、3階の方はピータイルが貼られて幾分きれいだった。恐らく3階は間取りもワンルームではなかったろう。
建物全体が何だか薄暗く、初めて見た時には九龍城みたいだと思った。それが面白くてここに決めたのだけれど、引っ越しを手伝ってくれた池田君は「え、ここに住むんですか……」と随分感心したようだった。
室内は日当たりが良く、エアコンもあった。
だから存外悪くはなかったが、洗濯機置き場がないには閉口した。内見の時にはベランダにあるのだろうと思ってあんまり見ていなかったものだから気付かなかったのである。
仕方がないので洗濯機はキッチンスペースに置き、排水は長めのホースを使って浴室へ流すことにした。
ある日、昼間に洗濯していたら誰かが呼び鈴を鳴らしてきた。アポ無しの来客なので無視していたらじきに諦めたようだったが、今度は電話がかかってきた。
電話まで無視する法はないので出てみると、物件の管理会社からだった。
「百さん、下の階から水漏れしてるって言ってきてるんですが……」
あ、と思って見ると排水ホースがキッチンにのたくって、床が水浸しになっている。
呼び鈴は階下の住人だったのだろう。
急いで詫びに行ったら奥さんがおろおろしながら出てきて、「押入れから水が流れてきて、布団がびしょびしょなんです」と言った。縋りつかんばかりのうろたえぶりだけれど、こちらは謝るより他に何もない。
ちょうどそこへ旦那も帰ってきた。職場から呼び戻されたのだそうだ。
何だかゴリラがスーツを着たみたいな人だと思った。
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