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電車、青い血

 幼い頃、今の実家に落ち着くまでは父の勤め先周辺で割と頻繁に引っ越した。

 海辺のお好み焼き屋の2階に住んでいたのが多分一番古い記憶である。恐らく2歳か、それよりもう少し前かも知れない。
 店の入口脇のドアを開けたら階段があって、そこから出入りしていた。海辺のことだから、この階段にはよく小さな蟹が入り込んでごそごそしていた。

 隣の2階には同じ年頃のタケシ君が住んでいて、よく一緒に遊んだ。タケシ君は自分よりも一つか二つ上だったと思う。

 ある時、タケシ君の家で遊んでいて、電車のおもちゃを使おうとしたら横からさっと奪われた。「貸して」と云うと、「だめ」か何か云って貸してくれない。
 それで自分は隙を見て奪い取り、相手の頭にガツンと叩きつけた。
 幼い頃の記憶だから判然としないけれど、この電車はブリキ製だったように思う。そんな物を叩きつけられたら痛いのに決まっている。
 果たしてタケシ君は泣き出した。見ると頭から血が出ている。地肌に赤いのがはっきり見えたから、髪が短かったのだろう。
 そのまま一人で歩いて帰った。

 それから母が自分を連れて謝りに行った。
 先方のお母さんは――子供の目にそう見えただけだろうが――怒っている様子もなく、「青い血が出たんよ」と言ったように覚えているけれど、そんなはずはない。

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