訃報で浮かぶ情景
訃報を聞いて、副店長だった頃のことを思い出した。
ある時キッチンで仕込みをしていたら、店長の倉本さんがBUCK-TICKについて語り始めた。何の弾みか最近ハマって、アルバムを1枚ずつ買い集めているという。
「副長、BUCK-TICKはいいぞ」
副長とは副店長のことである。新撰組みたいで、この呼び方だけは好きだった。
「いいって、どういいんですか?」
「どうって、とにかくいいから聴いてみろよ。僕は狂っていた〜♪ だぜ?」
「意味がわかりません。D'ERLANGERの方がいいです」
「お前まじか…。絶対BUCK-TICKの方がいいぞ。おい、室伏君、D'ERLANGERよりもBUCK-TICKの方がいいよなぁ?」
室伏君は物静かな高校生バイトである。
「…どっちも知りません…」
「おい、長谷川、お前どっちがいいと思う?」
長谷川はヤンキー上がりでガタイのいいフリーターだ。
「別にどっちでもいいです」
「金子、お前は?」
金子は長谷川の高校時代の先輩である。自動車ディーラー勤務の傍ら、副業でバイトに来ており、自分も車の買い替えで世話になった。
「どっちでもいいでしょう」
「BUCK-TICKって言わないやつは、時給を下げる」
「店長、やっぱりよく考えたらBUCK-TICKがいい気がしてきました」
「俺も、そういえばBUCK-TICKファンでした」
「そうだろう、そうだろう」
「…お前ら…」
「副長、すんません」
金子が詫びた。長谷川はただニヤニヤしていた。室伏は黙ったままレタスを洗っていた。
そんなやり取りがあったのを思い出した。もう三十年も昔のことだ。
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特に熱心なファンでなくても、知ってるアーティストの訃報に接すると、色んなことが浮かんでくる。
櫻井敦司さんのご冥福をお祈りします。
よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。