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白鳥と夜明け

 横浜でパスタ屋の副店長をしていた頃のこと。
 店を閉めた後で、バイトの田嶋をラーメンに誘った。
「いいですねぇ。どこのラーメン屋です?」
「そうだなぁ、箱根でも行こうか」
「え、箱根?」
「そうだよ」
「美味い店でもあるんですか?」
「知らん。行って探す」
「多分、着く頃には朝になってますよ」
 この時点で時刻は午前三時前だった。
「まぁいいさ。行ってみようじゃないか」

 箱根には四時半頃に着いた。さすがにどの店も閉まっている。そうしてラーメン屋は見当たらない。
「どうします?」
「まぁ、ここまで来たらラーメンなんかどうでもいいだろう」
「じゃぁ、芦ノ湖でも行きましょうか」
 芦ノ湖へ行って記念撮影をした。夜明けの湖を背景に、田嶋と並んでいる写真が手元に今でも残っている。知らない人に頼んで撮ってもらったような気もするが、いくら芦ノ湖だってこんな時間に来る人がそうそうあるとは思われない。どこかにカメラを置いて撮ったような気もする。
 帰りに、デニーズで朝ごはんを食べた。何だかバカバカしくて面白かったから、田嶋と話して、次は加藤も連れて相模湖へ行こうと決めた。

「加藤、今から相模湖へ行くぞ」
「行くぞ」
「は?」
 加藤は何だか面倒くさそうだったけれど、車の中で色々話を振って持ち上げていると段々調子に乗ってきた。そうして終いにバイト女子との惚気話をし始めた。面倒くさいので、「もういいよ、その話は」と言って黙らせた。

 下道でのんびり行ったから、到着した時には夜が明けていた。
 湖畔を歩いていたら、白鳥が数羽寄ってきた。随分人に馴れている様子である。恐らく餌をもらえると思っているのだろうが、こちらはあいにく鳥の餌なんて持っていない。
 それで加藤が餌をやるふりをしていたら白鳥に噛まれた。


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