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心の地図

 二十代の頃、何度か酒を持って叔父の家を訪れたことがある。
 叔父一家は祖母(叔父の母)と同居していた。
 奥さんはゴリラのような人だった。初めて会った時はそれほどでもなかったが、年を経るにつれて段々そうなった。叔父の娘は部屋に篭って顔を出さない。自分にとっては一番年若の従妹だが、いまだに名前も知らない。別段興味もないからそのままにしている。

 ある時、不意に行ったら叔父はまだ帰っていなかった。それでテレビを観ながら待っていると、祖母が思い出したようにこんなことを云いだした。
「あなたがまだ小さい頃に私の筆でね、この辺の地図を描いたのよ。それをお祖父さんがね、表具屋さんできれいに仕立ててもらったのがどこかにしまってあるはずなんだけど、あれば持って帰る?」
 幼い頃に祖母の傍でそういうものを描いたような記憶は確かにある。祖父が見て面白がっていたような気もする。
 欲しいと応えると、では次に来る時までに探しておくわと云った。

 叔父は自分の訪問を随分喜んでくれて、遅くまで一緒に飲んだ。祖母もゴリおばさんも、隠れ従妹もとうに寝てしまい、二人で語り明かした。
 古い記憶だし、酔っ払いのことでもあるから何を話したかはあんまり判然しない。ただ、祖母が認知症らしいという話だけは頭に引っ掛かった。

 次に叔父宅へ行ったのはそれから三年ぐらい後だったように思う。
 祖母は地図のことを覚えていたけれど、「まだ探してなかったから次でいいかしら」と言った。こちらはすっかり忘れていて、「あ、いいよ」と言っておいた。
 その次に会ったのは、もう老人ホームに入った後だった。

 それから祖母は亡くなり、遺品もじきに処分された。結局地図は見ていない。

よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。