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晩餐と攻撃

 まだ今のように世の中が剣呑でなかった時分に、仕事で中国へ行った。
 上司と、開発部の山野君と通訳の王さんも一緒で、こちらは面倒なことは考えなくていい。ただ自分の仕事をするだけだ。その仕事も、ただのアドバイザーだったので、大いに気楽に構えて行った。

 現地で取引先の李さんと合流した。
 李さんに会ったのはこれが初めてである。名前からブルース・リーみたいな人を想像していたけれど、実物は南こうせつを太らせたような人だった。
「遠いところまでお越しいただいてありがとうございます」
 李さんの日本語は随分達者で、こちらの通訳よりよほど上手いようである。ただ、中国人が使う日本語とは幾分響きが違うようにも感じられた。

 都合四日滞在して、最後の晩餐で自分は甚だ酔った。李さんがでたらめに混ぜた酒を否応なく飲ませてくるものだから、自分のみならず山野君も王さんも非常に参った様子であった。
「これが韓国の爆弾酒ですよ」
 李さんが本当は韓国人だったと、この時初めて知った。
 正体を現した李さんは、他人に酒を飲ませるのが愉快でたまらないらしく、こちらへ酒を押し付けては、ずっとゲラゲラ笑っていた。
 あんまり酔って気分が悪くなったので、申し訳ないが二次会は辞退してホテルへ帰った。そうしてすぐにトイレで吐いた。こんなバカな飲み方をしたのは学生時代以来だろうと思ったけれど、すぐにそうでもないと気が付いて、暫くトイレでどんよりした。
 翌朝起きると、果たして頭がクラクラする。李さん達と一緒に朝ごはんを食べて空港へ向かうことになっていたから、約束の時間にロビーへ行ったら、全員どんよりした様子で集まっていた。
 じきに李さんが現れて、「みなさん、大丈夫ですか?」と、また笑う。潰しておいて大丈夫ですかもないだろう。もっとも、真っ向から受けて潰れたのはこちらの勝手だ。まぁ何とか大丈夫ですよと云うと、「朝はお腹にやさしいお粥を食べに行きましょう」と、近くの店に案内された。
「百さん、体が弱ってる時には参鶏湯がいいでしょう」
 勧められるまま参鶏湯を注文したら、随分な量が出てきた。おまけに薄味すぎて、ちっとも美味いと思わない。それでも半分ぐらいを無理に食べたら、じきに体調が戻ったようだった。

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