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飴と奈落

 自分が幼い頃、祖父の家は古い日本家屋でトイレが汲取式だった。
 ある時、そのトイレへ行こうとしたら、穴の底から青白い手が伸びてきて尻をツルンと撫でられる気がした。全体どうしてそんな気がしたものかはわからない。何かのテレビ番組でそういうシーンを見たの知らと思うが、もう全く覚えていない。
 自分は何だか怖くなって、あのトイレは使いたくないと駄々をこねた。
 手が伸びて来てお尻を撫でられそうだと云ったらきっと笑われると思い、理由は云わずにただ嫌だと云った。
 祖母は困った顔をした。そうして終いに、「そんな事を云ったって、トイレは他にないのよ」と母に怒られた。
 仕方がないからトイレの前で待ってもらいながら排便した。幸い、尻を撫でられることはなかったので、やっぱり気がしただけだったと安堵した。

 別の時、飴玉を舐めながらこのトイレで用を足していた。これももう随分昔だからあんまり判然しないけれど、イチゴの飴だったと思う。あの時分、祖母がいつもきれいな缶に個装の飴を入れていたから、それを貰ったのだろう。
 暫くそうしてしゃがんでいたが、肝心の排便は一向捗らない。出もしないものを、どうして飴を食べながら出そうとしていたのか、今になって考えると不可思議である。
 それでもこの時は余計なことを考えず、「うーん」と云っては丹田に力を入れて頑張った。
 その内にどうかした弾みで、小さくなった飴を飲み込んだ。と、ほとんど同時に小さなうんこが奈落へ落ちた。
 自分は、今飲んだ飴が出たのだと思って、排便はそれで終わりにした。


よかったらコーヒーを奢ってください。ブレンドでいいです。