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百卑呂シ随筆

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2024年4月の記事一覧

デッドライン、思惑

 学生時代にいくつかやったバンドからベストメンバーを集めて一緒に演ってみたいと、時々思う。もっとも、どう考えても各々が人間的に合わない人選なのと、もう連絡が取れない相手が大半だから、実現することはきっとない。  それでも考えるだけならこちらの勝手だから、その時のセットリストを作っているAmazonミュージックのプレイリストにしている。  大学時代に在籍していた音楽サークルでライブのリハーサルをやるというから、急いで会場へ行った。  出演することにはなっていたけれど、開催日時

煙草と苺ミルク

 パスタ屋勤務時代の最後に、川崎で新規オープンを担当した。  以前よそでオープンをやった際、隣の爺さんからの言い掛かりに近いような苦情で大いに困ったことがある。相手は建築関係の社長さんで、地元の有力者だったらしい。  よくよく調べてみると、オープン前にこの爺さんだけでなく近隣住民に対して何の挨拶もしていないとわかった。どうやらその辺りから面白くなかったのが、オープン後の苦情につながっていたらしい。挨拶ぐらいは本部のスタッフが当然やっているものと思っていたから大いに呆れたが、本

汚穢(おえ)

 強い酒を飲みたい時はズブロッカを買う。あれは安くて美味い。そうして手っ取り早く酔える。実に最高の酒だと思う。  冷凍庫に入れておいたらとろみがついて、いよいよ美味い。  桜餅のような香りがするので、何かと混ぜるよりもロックかストレートでちびちびやるのがいい。  昔、軍モノの服を好んで着た時期がある。物が良いのに安価で、見た目も一癖ある。自分のような偏屈者にこれほど適した衣服はないように思われた。  特に気に入っていたのが、異国の海軍の紺ブレザーだった。金ボタンがたくさん付

雨と靴、横浜

 働くことにようやく慣れた頃、休日に横浜駅前へ行ったら靴屋がオープンしていた。  冷やかしのつもりで入ってみると、リーガルのローファーが半額になっている。新規オープンセールなんだそうだ。リーガルが半額とは中々のものだと感心した。  自分は最初の配属先で西村さんから、折財布は使うな、時計のバンドとズボンのベルトと革靴は色を合わせろ、ブランドロゴのTシャツは着るな、革靴はローファーも持っておけと教わった。  西村さんは随分お洒落な人だったのである。  この時期にはその教えがまだ強

紙一重

 これの続き。  小四で釣りを始めて、最初は一向面白くなかったけれど、要領を掴んだら大いに楽しくなった。  いつも大体、松岡と楠山と行ったが、小五になって松岡も楠本もクラスが別れた。そうして新しいクラスで懇意になった藤沢と上野は、どちらも釣りをやらなかった。  ある時、「釣りやらん?」と二人に問うたら、興味はあるが道具がないと云う。  それで近くの山へ三人で行って、手頃な葦を取って来た。釣竿にする算段である。  家の前で葦の皮を取って糸を付けていたら、近所のおばさんが「釣竿

因果

 初めて釣りをしたのは小四の時だった。松岡と福田に連れられて、近くの川へ行ったのである。釣りには前々から興味があったので、約束をして実際に行くまで随分わくわくしたのを覚えている。  当日、福田の家に集合したら、福田が小麦粉に水と酒を入れて捏ねていた。釣りの前にクッキーでも焼くのかと思ったら、それが餌だというから驚いた。てっきりミミズとかそういうのを針に刺して使うのかと思っていて、それはちょっと触りたくなかったから安心した。  釣り場は、家と家の間の狭い隙間へ入って、その先の

仲間意識

 子供の時分から、母方の祖父に似ていると云われてきた。  自分ではあんまりピンと来なかったけれど、三十六歳の時に香港で撮った写真を見たら本当にそっくりだった。なるほど、これでは似ていると云われるのも無理はないと得心した。  祖父は禿頭だった。髪質は猫毛だったそうで、実に自分と同じである。だからいずれ自分も禿げるつもりでいる。  実際そうなった時の備えとして、五十を過ぎた辺りから頭髪を短くした。  朝の身支度も楽だし、自分では随分気に入っていたけれど、なぜか家族には甚だ評判が

ケイト・ブッシュ、焼肉

 文章を書くことで、小遣い銭程度でも稼げないかと随分前から考えているけれど、ここで今日から有料ですよとやったって読まれなくなるだけだろうと、おおよそ察しがつく。   それでKindleから電子書籍を出すつもりで、過去に書いた文章のピックアップと加筆を半年ぐらい前から進めている。   今日は少し時間が取れたので改めて見返したら、これはそもそもどうなのかというようなのが随分混じっていると気が付いた。  加筆以前にテーマが悪い。悪ふざけの域を出ていない。これでお金を取るのは何だか不

非人情鉄階段

 小一の時、乳歯が抜けない内に後ろから永久歯が生えてきて、母に連れられて近所の歯科医へ行った。  歯科医は雑居ビルの四階にあった。変わった構造で、外側の鉄階段をカンカン昇って三階のドアを開けると、部屋の中に螺旋階段がある。受付も診察室もそれを昇った四階にある。  子供心に、その構造が随分非人情だと思った。  何しろ「嫌だなぁ」と思いながら外階段を登って、着いたと思ったら受付はまだ先で、そこから内階段で再び「嫌だなぁ」をやらせるのだから不親切だ。覚悟を決めて処刑台へ上がったら、

猫、と云う

 パスタ屋の従業員時代、新しい店に赴任すると、店長が和田さんについて「あの人は所謂『肝っ玉母ちゃん』でね、みんなを引っ張っていってくれる人だよ」と教えてくれた。  和田さんは深夜帯のパートタイマーだった。まだオープンから半年ほどの店で、まとめ役がいるのはありがたい。それでこちらもそのつもりでいたけれど、一緒に仕事をしてみると何だか聞いていたのと様子が違う。どうも、人に対する選り好みが随分きつい。  好きな相手には『肝っ玉母ちゃん』である。相手が凹んでいれば、「そんな細かいこと

マヨイガ、桑田佳祐

 中二の時、周りの友達らが急にアルフィーを聴き始めた。  どうしてアルフィーなのかと思って、そのうちの一人からカセットテープを借りてみたが、自分の好みとは違うようだった。  それで自分は、彼らに対抗してサザンオールスターズを聴くことに決めた。ちょうど『ミスブランニューデイ』とか『Bye Bye My Love』が流行っていた頃である。  聴くといっても、中学生の小遣いでレコード(当時)なんてそうそう買えるものではない。まずはFMでサザンの曲が流れるたびに録音していった。  

祭りと逃走

 中三の秋、三年生と二年生の間でケンカがあった。放課後に学校裏の神社で決着を着けると聞いたから、古元と一緒に見物に行った。

有料
100

ニセ関西弁

 ニセモノの関西弁が嫌いだ。あれを使う人はあんまり信用できない。どうにも不自然なのに、当人は上手く擬態しているつもりなのが、聞いていてじりじりしてくる。  大学入学で大阪に移り住んだ時、広島弁が通じないのに驚いた。  学生寮でつるむのはたまたま山口や岡山出身の者ばかりで大丈夫だったが、学校はまるで駄目だった。  ゆっくり話せば通じるだろうと思って無闇にゆっくり話したけれど、やっぱり通じない。  どうも速さの問題ではないらしいとわかったので、標準語に切り替えたらどうやら通じた

駅ビル、旧友

 大きな駅ビルではないけれど、電車の乗り場がわからない。それで先刻からエスカレーターで上がったり下がったりしながら、ビルの中を歩き回っている。  三階は飲食フロアらしい。だからといって改札がないとも限らない。それで端から端まで歩いてみるが、やっぱり改札は見当たらない。  四階はフロア丸ごと一つの店になっている。炉端焼きの店らしいが、具合の悪いことにエスカレーターの真ん前が店舗入口で、さっきからエスカレーターで上がるたびに「いらっしゃいませー!」と元気に言われる。それを三回繰