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なぜ長下肢装具を使うのか③ー神経学的な観点から

前回に続きなぜ脳卒中片麻痺者に対して、長下肢装具を使うのかを神経学的な観点、特にsentral pattern generator(CPG)についてまとめてみました。

私の中では「CPGってどういう意味か知っている?」と実習できかれ、セントラルパターンジェネレーションと答え、大恥をかいた記憶が鮮明です。

③神経学的な理由:CPGを駆動させるため

現在、脳卒中片麻痺者への理学療法を行うにあたって、CPGを意識して介入を行うことが重要だと言われています。

CPGについては大畑先生は、著書の中で以下のように述べています。

一歩ごとに新しい運動プログラムが一から生成されるのではなく、歩行運動プログラムのテンプレートのようなものを使って、そのプログラムが反復されている状態と考えるのが適切であろう1)。

このテンプレートがCPGで、脊髄の中にあって歩行の運動プログラム形成の中心となっています。

このCPGというのは、新しそうに見えますが、割と古くからある概念で発見の経緯が基礎運動学にも記載されています2)。

Brown(1914)が後枝を切断され、運動から生じるフィードバック入力を欠いた脊髄ネコにも足踏み運動が起こることを見出し、中枢パターン発生器(CPG)の存在を想定したところから始まった。
脊髄ネコをトレッドミル上におくと、四肢に律動的な交互運動が起こる。またネコの視床下部、中脳、脳橋、脊髄後側索などに電気刺激を加えると、やはり歩行に必要な四肢の協調運動が起こる。

ちなみに脊髄ネコというのは、脊髄と脳を切り離した状態のネコを指しています。

脳からの脊髄への下りる情報や、脊髄から脳への上がる情報がなくても、歩行が出現するため、脊髄に歩行を作り出す神経機構があるのだと想定されました。

またヒトを対象とした研究でも、脊髄損傷者の脊髄硬膜外に電極を刺入し、持続的な電気刺激を課すことによって、麻痺下肢に周期的筋活動を誘発できることが報告されており(持続的な電気刺激でも下肢の筋活動は周期的)、CPGの存在が確認されています3)。

では、なぜこのCPGが脳卒中片麻痺者に対するリハビリテーションで重要視されているのでしょうか

それにあたってまず、歩行の神経機構を見直したいと思います。

歩行に関する神経制御は以下の図で表されます4)。

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自動的な歩行(歩こうと思わずに歩ける)は脳幹や小脳、脊髄によって制御されると言われています。

脳卒中では、テント上(大脳と小脳を分ける小脳テントという組織より上)の脳組織が障害されることが多いとされており、意図的な歩行(歩こうと思って歩く、歩行の一歩目など)の障害が起こりやすいです。

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そのため残存している大脳皮質下、特に脊髄にある歩行中枢であるCPGをリハビリテーションに用いるという発想がなされるようになりました。

なるほど、と私はここまで理解するのに3年という長い時間を要しまして、理解できた時、結構嬉しかったのを覚えています。

では、どうしたらCPGが駆動させられるのか

この問いに対しては、講習会で阿部浩明先生が紹介くださった脊髄損傷者に対する研究がとても参考になりました。

脊髄損傷の重症度を表すAISがAまたはB(損傷部以下の神経が制御する筋活動を自分で起こすことが難しい)の胸髄損傷者10名に対して股関節を左右交互・片側のみ・左右同時の条件で動かせるロボットを用いた研究で、左右交互に動かした時のみ歩行に類似した筋活動が生じた5)。

また、

AISがAまたはBの頸髄、胸髄損傷者3名と健常者3名に対して行われた免荷歩行の研究では、70%の免荷時と比較した際に、完全免荷時に筋活動の明らかな減少、または欠落が生じた6)。

ここから、CPGの駆動のためには股関節の伸展運動股関節への荷重が必要であることが分かります。

ちなみに上記2つの論文は無料でダウンロードでき、論文上で図で説明されており分かりやすいので是非読んでみてください(英語が苦手な人はDeeple翻訳がおすすめです)。

また、阿部先生の書かれた総論「脳卒中片麻痺者の歩行再建を目指した急性期の理学療法」にも、簡潔に示してあるので一読をお勧めします。


話が脱線しましたが、脳卒中片麻痺者のCPGを駆動させるためには、股関節の伸展運動と股関節への荷重が重要です。

しかし、脳卒中片麻痺者の歩行では、荷重応答期に膝関節が屈曲するBuckling knee pattern、常時膝屈曲位のStiff knee pattern、初期接地後に膝関節が急に伸展するExtension thrust patternなどが発生するとされています1)。

臨床的にこれらの逸脱歩行は、股関節の伸展や、股関節への荷重を阻害することが多いです。そういった問題に対し、長下肢装具を適切に使用することがCPG駆動のための解決策の一つになると思われます

なぜ長下肢装具を使うのか②ー解剖学的な観点からで説明した大腰筋を鍛えるため、また本記事でまとめたCPGを駆動させるため、どちらも股関節伸展運動と股関節への荷重が重要という点で共通していることが大変興味深く思いました。

引用文献

1)大畑浩司(2017). 歩行再建歩行の理解とトレーニング: 三輪書店, pp.13-16,55-66. 

2)中村隆一,他(2003). 基礎運動学第6版: 医歯薬出版株式会社, pp.390-392.

3)Dimitrijevic M R et al. Evidence for a Spina Central Pattern Generator in humans. ANNALS NEW YORK ACADEMY OF SCIENCES. 1998: 360‒376.

4)三原雅史,他. 歩行機能の回復と大脳皮質運動関連領野の役割. 理学療法ジャーナル. 2005; 39(3): 215-222.

5)Kawashima N et al. Alternate Leg Movement Amplifies Locomotor-Like Muscle Activity in Spinal Cord Injured Persons. J Neurophysiol. 2005; 93: 777–785.

6)V Dietz et al. Locomotor activity in spinal man: significance of afferent input from joint and load receptors. Brain. 2002; 125: 2626-2634.

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