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【絵本】Please give a name~この本に名前をつけてください~


あなたのほしいものは何ですか?


みんなが寝静まった頃、暗闇から顔を出す。

「ぼくはキキョウ。
ぼくのほしいものとあなたのほしいものを交換しよう。あなたは何がほしいの?」

「私はお金よ。一生、楽していけるくらいのたくさんのお金がほしい」

1人の女性がそう言うと、キキョウはたくさんのお金を渡した。

「じゃあ、ぼくにあなたのいのちをちょうだい」


「オレは高級な車とデカイ家がほしい」

ガラガラ声の男性がそう言うと、キキョウは高級な車と大きな家を渡した。

「じゃあ、ぼくにはあなたのいのちをちょうだい」


次にキキョウがやってきたのは白い部屋の中の少年だった。

「ぼくはキキョウ。
ぼくのほしいものとあなたのほしいものを交換しよう。あなたは何がほしいの?」

「何もいらないよ。ボクは生きているだけで十分なんだ。君は何がほしいの?」

「ぼくはいのちがほしい」

「なんで?君はちゃんと生きているのに」

それはキキョウにも分からなかった。

いのちを貰っても何も感じたことはなかった。

だからキキョウには"生きている"という言葉が馴染まなかった。

今まで出会ってきた人は生きているというよりも自分を飾ることで精一杯だった。


キキョウは何も言葉にすることができなかった。

「思ったことをそのまま言ってごらん。
ゆっくりでいいから。ボクはちゃんと聞いているよ」

少年の目は吸い込まれてしまいそうなほどまっすぐにキキョウを見ていた。

「穴が、埋まらない...」

とキキョウは左胸に手を当てて呟いた。

キキョウの手に少年の手が重なる。

「君の心臓は元気に動いている。ちゃんとここにいのちがある。それでもいのちがほしいなら、ボクに楽しい時間をちょだい」

「楽しい...時間...」

キキョウは困った。

地位や名誉といった形のないものはいくつもあげてきたけれど、楽しい時間はどうやってあげたらいいのか分からなかった。


「ボクのいのちにはタイムリミットがあるんだ。
大切なものは箱の中に大事にしまっておくよりも思いっきり使ってやろうじゃないか。
いのちはいらない。
ボクの生きている時間を楽しい時間にして」

少年はニコリと笑ってキキョウに手を差し出した。

「ボクはマリー。
ボクが死ぬまでよろしく、キキョウ」

月明かりに照らされたマリーは白く、今にも消えてしまいそうだった。

キキョウはマリーがいることを確かめるようにマリーの手を握っていた。


それからキキョウは毎日マリーの元を訪れた。

マリーはいつも白によく映えるオレンジ色の笑顔だった。

そしてその笑顔のまわりにはいつも違う子どもが来ていた。

キキョウは子どもたちが帰るまで黙って待っているのでした。

「あれがトモダチ?」

「たぶんね」

「トモダチがたくさんいると楽しいんじゃないの?」

「楽しいよ」

「じゃあ、ぼくにお願いしなくてもいいんじゃないの?」

「みんなといる時の楽しいとキキョウといる時の楽しいは色も形も感触も違うんだよ」

そういうマリーの目に映っているのは外の景色だった。

「この世界に真実ってどのくらいあるのかな...
この箱の外にいるみんなは知らない人に見えるんだ。キキョウにはこの怖さ分かる?
もし、みんなが、本当に知らない人みたいに、なっても、ボクにとって大切な人ってことは、変わらないんだ」

マリーは自分に言い聞かせるように丁寧に言った。

そこにはキキョウの知らないマリーがいた。

いつの笑顔のマリーの頬に流れる雫があまりにも綺麗だっあので、キキョウは思わず手ですくいあげた。

「たからもの」

「キキョウだけは泣いているボクを知ってくれているんだね」

「もらってもいい?」

「うん、ありがとう」

キキョウは楽しいや幸せ、さみしさや孤独、真実は目に見えていることだけでは分からないものだと知りました。

でも手の中でキラキラと輝いている雫はマリーの孤独のカケラなんだと思うのでした。


キキョウはマリーに会うのが楽しみになっていた。

キキョウはマリーと目が合った瞬間、動く力も聞く力も奪われてマリーから目が離せなくなるのでした。

「待ってたよ、キキョウ」

マリーの声はキキョウの力を戻す魔法。

マリーはいたずらっ子のような笑顔を見せた。

「こんな白い箱の中でも同じ日はないんだ。
だけど広い外の世界にはボクの知らないことで溢れているんだろうね。
ということで、今日は知らないものに触れよう!」

とマリーはキキョウの手を引こうとしたが、キキョウの手はほどけてしまった。

「行かない」

「どうして?」

キキョウがマリーの言うことに反対したのは初めてだった。

「ぼくといて楽しくない?」

「もちろん楽しいよ」

「今日は寒いよ」

「誰かと何かをしたいなんて思ったことはなかった。
ボクは欲張りになってしまったのかもしれない。
生きているだけで幸せなはずなのに、特別なことなのに...ずるいよね」

「こわいの、こわいの、とんでいけー!」

キキョウは全身でマリーを抱きしめた。

「マリーは一生懸命、生きているから生きることがなくなるのが怖くなる。
ぼくがいるよ。マリーはずるくない。マリーはいい子」

「それに、どうしても手放したくない大切なものもできちゃったからね」

「ぼく行く。ぼくはマリーに楽しい時間をあげる」

「ボクはキキョウにいのちをあげなくちゃね」

ふたりは手を繋いで箱のなかから飛び出した。


「窓枠の向こう側はこんな風に広がっているんだね!この空は世界中に繋がっているんだね!この道の先にはどんな人がいるんだろう!」

街の様子にマリーは大はしゃぎ。

そんなマリーを見てキキョウも嬉しくなる。

街にはたくさんの人が行き交う。

ドン!

「ごめんなさい」

ぶつかって謝るマリーに舌打ちをして通りすぎていくスーツを着た男性。

「マリー、大丈夫?」

「ボクの知らない世界だ。
ボクが見ている世界とみんなが見ている世界が違う」

太陽のようにキラキラした目のマリー。

「この世界に必要なのは自分をよく見せるための鎧。ごめんなさいの言葉は持っていないし、欲しいとも思っていない」

キキョウの目はどんどん雲っていく。

「みんな一生懸命だけどボクの知らない一生懸命だ。だからみんな、ボクには見えない何かと戦うために必要な鎧なんだね」

「時間に追いかけられたり、自分を飾ったり、一生懸命に見えるだけ。生きているなんて思っている人はいないよ」

「生きていることを忘れるくらい夢中になれることがある世界なんだね」

「温かいね...マリーが温かいとぼくも温かい」

「キキョウはボクの心だね」

「ココロ?」

「風が大きいね」

そう言うとマリーは近くのベンチに腰をおろした。

キキョウの頬に風に溶け込んだマリーの寝息が触れた。

ココロとは何か、また明日聞こうとキキョウは思った。


この世界の時間は止まることなく明日は何度でもやって来る。

マリーの世界の時間は止まってしまったら明日はやって来ない。

「ぼくは明日に来たのに...ねえ、マリーはどこにいるの?」


機械音の中で眠るマリー。

その手を握るマリーのお父さんとお母さん。

悲しみの雫が枯れることなく流れていた。

キキョウの左胸がギュッと握り潰されそうになる。

「マリーが悲しんでいる」

キキョウはマリーがどんどん知らない人のようになっていくのが怖かった。

「マリーがどんなに知らない人みたいになってもぼくはずっと大切に思うよ」

いつかのマリーのようにキキョウも自分に言い聞かせるように呟いた。

するとマリーのまぶたがゆっくりと動いた。

マリーのお父さんとお母さんは勢いよく立ち上がり、音にならない喜びの叫びが箱の中に溢れた。

マリーも2人のホッとした顔を見て嬉しそう。

キキョウが感じたことのない愛情に包まれた空間がキキョウのひとりぼっちを強調させた。

マリーはキキョウを見つめて、ゆっくり口を動かした。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」


マリーのいのちを繋ぐマスクにキキョウは手をおく。

温かくて、白くくもるマスクがキキョウを安心させた。

「ねぇ、マリー。ココロって何?」

「キモチ」

マリーは左胸に手をおいた。

「キキョウが楽しいとボクも楽しいし、キキョウが悲しいとボクも悲しい。
キキョウもそうでしょう?初めて会った時、キキョウの心になれたらって思ったんだ。
キキョウのキモチが迷子にならないようにね」

「ぼくはマリーのココロ」

そう言うとキキョウはマリーの左胸にくっついた。

キキョウは全身でマリーの生きる音を聞いた。

「このままマリーのいのちになりたい」

コクン...コクン...

静かで力強い音。

キキョウはそのままマリーの一部のように眠った。

その様子を見守ってからマリーも目を閉じた。

「大好きだよ」


慌ただしい音にキキョウは目が覚めた。

白い人たちの間から顔の色が消えたマリーのお母さんが見えた。

たくさんの足音に混ざって、息を切らしながらマリーの名前を呼ぶマリーのお父さんの声がした。

キキョウはハッとしてマリーの顔のほうへかけよった。

「マリー!」

キキョウは何度もマリーの名前を呼んだが、マリーからの返事はなかった。

キキョウはマリーの左胸に行き、マリーの音を探した。

「ぼくをマリーのいのちにしてください、ぼくをマリーのいのちにしてください」

すると、白い人の手にキキョウは飛ばされてしまった。

キキョウの視界がどんどん歪んでいく。

「ぼくのいのちをあげるから、マリーにいのちをください」

キキョウの目から悲しみのカケラが落ちた。

その時、キキョウの左胸がキラリと光った。

そこには青く小さな花のピンバッチがあった。

キキョウが左胸に手を当てると、マリーの声がキキョウの中に響いた。

「いたいの、いたいの、とんでいけ」

さっきまで聞いていたはずの声は懐かしく優しかった。

もう一度マリーの顔のそばまで来ると、マリーは目を閉じたままキキョウだけに分かるように微かに唇が動いた。

"楽しい時間をありがとう。ボクはキキョウのためにいのちを使えたかな"

ピーーーーーーー

キキョウは動かなくなったマリーの手を握りしめた。


きれいにされた白い箱はさみしさの雪が音もなく降り積もったようだった。

キキョウが伝えられなかった言葉。

"ぼくと友達になってください"

白く降り積もった雪の中に咲く青色の花。

その下に隠されたマリーの伝えられなかった言葉。

"キキョウはボクの最高の友達だよ"


キキョウの左胸の穴に咲いたオレンジ色の心はマリーの生きた証。

今日も綺麗に咲き続ける。


あなたはこの本にどんな名前をつけますか?



end...


ちうらおおぞら

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