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短編集⑤

夏のうた

全部なくなっちゃった 生きたくて仕方なかった明日と、ぬるくなった麦茶と、首振り扇風機と、蚊取線香の匂い
頭痛が増す きみに良く似た形の憂鬱
明日が晴れでも、雨でも、わたしは死ぬでしょう 蝉が羽化するその速度で
地球の公転に倣って歳を取るから、姿を保てず次のいきものにかたちを変える
きみを救いたい この脆すぎる感情すらも嘘になったら
風鈴の残響が耳の奥で乱反射する
この世界の理を飛び越えるには、わたしたち少し大人になりすぎたね
0と1の狭間で繰り返すあの夏は、錆びた血の味がした


愛子ちゃんのうた

今年も、曇り空でした 昨年も、一昨年も
この梅雨時期の晴れた日に引き合わせようだなんて、かみさまは意地悪でした
ひとびとの短冊は、思い思いを綴っていて、なんだか怖くなった 狭い鉢に詰め込まれた金魚の共喰いみたいだ
きみは、なにを願ったのだろう 何億光年と先に見えるあの惑星に
ねえ、わたしたち、いつかまた会えるのかな
縁が巡り巡って、もう一度 今度はちゃんとお天道様の下で
わたしは何度だって祈ってしまう そこに意味がうまれる様にと
あなたがずっと私を忘れませんように
小さな声で、魔法の言葉を唱えます わたしだけの、かみさま
「神様神様、チンクルホイ」


水芙蓉のうた

きみが好きだった
すべて終わってしまった今残ったのは、思い出でも未練でも無く、わたしが生きているという事実
きみが愛しい
同時にすべての人類も慈しめたら
こんなちっぽけな世界で愛を綴っていても、仕方無いでしょう?
きみの無自覚な残酷さがこんなに綺麗な瞳を形取って、その深淵はきみすら知らない
大嫌いな花の名前をうたにして、きみが死んじゃえば良いのにね

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