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「吉原」を「歴史の闇に葬るべき卑しいもの」と決めつける人たちにこそ見てほしい。そこには「人間」がいる。【大吉原展レポ】

割引あり

このごろ「落語」をよく聞いております。

昔は通学中などによく聞いていたのですが、『あかね噺』を読んでいたら最近また聞きたくなったもので。


ところで古典落語には「遊女」「遊郭」の話も数多くあります。

「考えてみると、自分はこういうものを『なんとなく』のイメージで想像してるけど、『江戸時代の人から見てどうだったのか』を教えてくれる書籍や教育に出会ったことがないな」と思っていたところ、今回の「大吉原展」の存在を知りました。


ちなみにこの企画展を巡っては開催前から炎上もあったようですが、私自身は展示を見てから炎上の件を知りました。
このまとめが簡潔で分かりやすいです)

展示を見た身としては、率直に言って「こんなマトモな企画のどこに炎上する要素が?」といった感想です。

というわけで、「開催前からあーだこーだ言ってた人の批判はことごとく空振りに終わったよ」ということをちゃんと残す意味でも、今回レポをしたためることにしました。



全体の印象

今回の「大吉原展」は、文化的資料に基づいて吉原遊郭の成り立ちや遊女の暮らしを紹介していくものです。

「江戸東京博物館」なんかには「江戸の町」や「当時の生活」みたいな展示があったりしますが、あれの遊郭版だと思ってもらえればいいと思います。

近くで見ていた若い男の人が、「もっと『ィャーン♡』みたいなやつ無いの?」とか言っていましたが、そういうのは無かったです。マジでエロ系は全くなかったです。

「いわゆる春画」的なものは全く無いので、そういうのが見たい人はソッチ系の企画や私設博物館にどうぞ。


今回の展示は、純粋に学術的・文化的な観点から歴史・文化・生活に迫っていくような内容ばかりでした。

「そういう好事的な視点抜きでもこれほど語るべきものがあるんだな」というのが発見でしたし、そんな「思ってたよりずっと真面目な内容」を、訪問者はみんな熱心に読んでいました。


会場の客層も老若男女様々で、こうした展示に文化的・学問的な観点から興味を持つ人々というのは決して少なくないのだな、と認識を改めました。

一周して「むしろどうして日本にはこういう展示施設が無いのか」という疑問さえ湧いてきます。


このように展示は一貫して極めて落ち着いたトーンでしたが、だからこそある種の批評性も帯びていたと感じます。

「性的搾取」という一面的なイメージにもとづいて単調なバッシングしか出来ない人々、臭い物に蓋をするがごとく日の当たらないところに押し込めようとする人々、そういうものに対する一種のアンチテーゼとしても読み取る余地があるでしょう。

やはり見ないまま語るのは良くないです。


「人間」がいて「生活」がある

「見ないまま語るのは良くない」は、本企画展の主題である「吉原遊郭」にも当てはまります。

「吉原遊郭」を巡っては「陰惨な性的搾取の場」「きらびやかなショービズの場」という対極のイメージを訴える者がそれぞれおります。「吉原」と口にしようものなら、こうした論者は「さあ、お前はどっちの派閥に肩入れするつもりなのだ」とばかりに視線を注いできます。

しかし、本展示はむしろどちらからも距離を置き、「生活者としての遊女たち」を可視化することに大きく重点を置いていたように思います。


吉原遊郭にも間違いなく人間の生活があり、そこから花開いた文化は吉原外の世界とも接続している。

「吉原遊郭」に対して「光か闇か」を唱える論者は、どちらも等しく「そこにもまた人間の生活がある」という事実を軽視しているという点で、本企画展の主眼とするものを見落としてきたと言うべきでしょう。


例えばこちらの記事なども、吉原について『「文化の発信地」なのか「苦界」なのか』と銘打っていますが、これもまた「良いものか悪いものか」という二者択一を迫っている点で本企画に対して「ズレている」タイトルであるとと感じました。
(記事自体は本企画展のダイジェストとして非常に良いだけに残念です)

このタイトルの「二者択一」がいかに「ズレている」かは、主語を「電通」や「ジャニーズ」に置き換えてみるとすぐわかります。

『ジャニーズは「文化の発信地」なのか「苦界」なのか』

いやいや、

『ジャニーズは「文化の発信地」であったと同時に、ある人たちにとって「苦界」だった』

これが実態だったと言うべきでしょう。

これは両立するんです。

だってそこは単なる「張り子のセットの見世物」じゃなく、「生きた人間が生活しながら働いてきた場所」なんですから。

「文化の発信地」であると認めるには「苦界」であることを否定せねばならないとか、「苦界」であったものを「文化の発信地」扱いすることは許されないとか、そういった二者択一的な発想こそ、そこに「リアルな人間の生活」があったことを無視することに繋がるでしょう。


性にまつわる事柄を無視したり、現代的な価値観にそぐわないものを黙殺するという姿勢もまた、そこにあった多くの人々の営みを「無かったこと」にしようとする冒涜的なものだと思います。

「大吉原展」の展示は、「そこに人間が暮らしていた」ことを様々な資料から示すものであり、これは「吉原を美化する」こととは根本的に異なるスタンスです。

少なくとも、この企画展を炎上させた人たちが、このテーマでこれ以上にマトモな企画展を創ることは出来ないと私は確信しました。


個人的に印象に残ったところ

全体としての話はもう書ききったので、あとは個人的に私の印象に残ったポイントをこまごまと書いていきます。


精巧かつ圧倒的な「江戸風俗人形」

今回の目玉の一つでもある「江戸風俗人形」は見ごたえがありました。

辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎「江戸風俗人形」@東京藝術大学大学美術館「大吉原展」

1981年と比較的最近作られたものですが、江戸の文化や生活を非常によく再現しているので、本企画の展示をじっくり見た上で見ると、色々なポイントに気が付けます。

写真OKの展示だったので、メモ代わりにたくさん撮りました。

辻村寿三郎・三浦宏・服部一郎「江戸風俗人形」@東京藝術大学大学美術館「大吉原展」

なんと会場ではこの作品を360度から観察できます

どれだけ写真を見ても三次元情報のリッチさにはかないませんから、会場でじっくり観察することをお勧めします。


シュリーマンかく語りき

「遊女をめぐる文化的な位置づけ」について興味深いと思ったのは、ハインリヒ・シュリーマン(トロイア遺跡発掘で有名なドイツ人実業家)のエピソード。

浅草観音堂に花魁の肖像が掛けられているのを見て「日本人は、他の国々では卑しく恥ずかしいものと考えている彼女らを、崇めさえしている」と驚愕した文章をのこしている。

「大吉原展」公式図録 P.72

これを「日本人は性産業に対する差別心が薄い」などと曲解&単純化すべきではありませんが、少なくとも「遊女に対する日本の大衆的の受容態度」がこのドイツ人に一定のカルチャーショックを与えたことは確かでしょう。

現代の「アイドル文化」が欧米よりも日本や韓国で発達していることも、こうした大衆的態度と無縁ではないかも(などというのは私の妄想ですが)


明治は本当に「自由意思」の世だったのか

もう一つ、興味深かった話を紹介します。

明治に入った1872年、「芸娼妓解放令」という法令が発令されました。

これは簡単に言えば、「借金に縛られて強制的に遊郭で働かされていた遊女たちを解放せよ」というお触れで、これによって遊女たちは「表向きは」解放されました

しかし実際には、金銭的理由からその後も「強制」に近い形で遊郭で働かされる遊女は多くいたようで、「自由意思」というのはほとんど建前でしかなかったようです。

その実例として、「遊女はいやだ」とはっきり嘆願したにもかかわらず、「真意をもって遊女稼ぎを望んでいる」という証文まで書かれて働かされた遊女の資料も今回展示されております。

何より皮肉なことは、「自由化」によって遊女に対する世間の風当たりは強くなったということです。

江戸時代にあった家のために身売り奉公を受け入れざるを得なかった遊女の境遇への共感や同情、敬意は薄まってゆく。それに代わって、自由意思で身を売る女性への厳しいまなざしが強まり、娼妓の中にもその経験を汚点と捉える意識を生み出した。

「大吉原展」公式図録 P.81

自由市場主義となった現代でも、「自由意思」という建前で「働かされている」人たちは各業界におります。

人権を軽視するような労働環境に声を上げる人たちに対して「好きでやっているんだろう。文句を言うな」などという心無い言葉を投げつける人も絶えません。

こうした状況を思い浮かべると、当時の遊女に対するまなざしについてもありありと想像できるような気がします。


展示概要紹介

「大吉原展」公式ページ

開催期間:2024年3月26日~5月19日

会場は東京芸術大学大学美術館です。
上野駅から歩いてもそんなに遠くないくらいでした。
科博、近美、トーハクあたりとハシゴするのも良いかも。

所要時間最短でも1時間は見た方が良いと思います。
解説も読みながらじっくり見て回るなら、2~3時間は必須です。
ちなみに音声ガイドは沢城みゆきさんでした。

東京藝術大学大学美術館「大吉原展」


図録3500円とやや値が張りますが、画像も解説も充実しています。
何より、なかなか書籍市場にもこういう解説書は無い……ということで、お値段以上の価値はあると思いました。

「大吉原展」公式図録

結構デカいので、遠方の方は通販で買った方が良いかも。
図録通販は東京新聞の通販サイトが公式となっております。


合わせて味わいたい本

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(遊郭編)

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』(書影はAmazon商品ページより)

遊郭の「人々」にスポットを当てているという点で、今回の展示とは親和性の高い物語だと思います。
先に『鬼滅』を見ていれば、本企画展に登場するような「遊郭の人々」の暮らしにより深く関心が持てるでしょうし、逆にこの展示を見てから『鬼滅』を見れば物語の舞台により豊かな奥行きを感じながら没頭することができるでしょう。


末永裕樹・馬上鷹将『あかね噺』

末永裕樹・馬上鷹将『あかね噺』(書影はAmazon商品ページより)

遊郭を舞台とした落語の噺は「廓噺(くるわばなし)」と呼ばれます。『あかね噺』でも廓噺に触れるパートが多々あります。
ただ、「落語の中での遊郭」はやはり何と言っても能天気に描かれがちなので、そうしたイメージだけに染まらないためにも、偏ったイメージを補完する契機として本企画展のような機械は貴重だと思います。


田中優子『遊郭と日本人』

田中優子『遊廓と日本人』(書影はAmazon商品ページより)

今回の企画展の学術顧問を務める田中優子氏の著書です。本企画展と大きく重なるトピックを扱っているので、今回の予習としても復習としても最適な本です。


本文はここまでです。
写真用にインスタグラムも始めました。

今後も博物館や企画展など、写真付きでこまめにレポしていきたいと思います。参考になった方は記事購入機能でカンパして下さると嬉しいです。

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