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「語りえぬものについては沈黙」しているか

記者の仕事の大半は取材である。記者会見なんかで演説よろしく弁舌をふるう記者がワイドショーをにぎわすこともあるが、個人的には取材は「聞く場」であり「話す場」ではないと思っている。
話したいのであれば弁士にでもなればいいわけで、新聞や雑誌の記者であれば、伝えるべきことは活字で表現すべきである。

なぜ取材で人に聞くのかといえば、ひとえに「よくわからない」からである。
仕事柄わからないことを何とか理解して制限時間以内に文章をしたためるのが記者である。不明瞭な点があれば、間違いのないように何度だって取材をするのがふつうだ。

ところで昔の偉い哲学者でウィトゲンシュタインというひとがいた。
彼は「語りえぬものについては沈黙しなければならない」という名言を残したことで知られる。語りえぬのだからそりゃ黙らざるを得ないだろという発想はごもっともではあるが、私自身は「よくわからないのであれば無責任にあれこれ言わないようにしよう」という戒めにしている言葉のひとつである。

ただ、足元の情報発信の状況を見ていると必ずしも「語りえぬものについては沈黙」していない人が多いことがわかる。

いまであればイスラエルとハマスの衝突の話が世界をにぎわせている。
私はかねてから「みるとす」というイスラエル・ユダヤ教情報の専門雑誌を購読していたり、趣味でいろいろと調べてはいたりしていたのでなんとなく現下の状況がどういうものなのかについて理解をしていたつもりではあるが、それでも現在進行形の話となると、無責任なことも言えないのでじっと黙って状況を見ているというのが正直なところである。

ところが、世の中のインフルエンサーやインフルエンサーもどきのようなひとたちは、イスラエルとハマスとの衝突が報じられるや否や、思い出したかのように関連コンテンツを発信している。
覗いてみると、同じ人が有名YouTuber「東海オンエア」の一連の騒動の話をしたり、ジャニーズの話をしたり、今度は岸田政権を語ってみたりとジャンルは多岐にわたる。そりゃあ知識も多いのだろうが、それにしても「そんなに語りうる人間なのか?」と思わざるを得ない。そして見てみるとだいたい「これ本当か?」という内容はかなり多い(念のため言っておくが、これは伝統的なマスコミについても言えることである)。
これは「語りえぬものについては沈黙」せずに、あれこれしゃべっているという状態だ。

今回のイスラエルの話は私も勉強しているからこそある程度その違和感に気づくことができるものの、そうではないジャンルであれば「へえ」と受け入れているのだろうと思う。見る人が見れば明らかにおかしいということにすら気づけない。

SNSなどを通じてだれもが発信できるようになり、マスコミに独占されていた情報発信は民主化されたとよくいわれる。もちろんきわめてまともな発信をしている人たちもいるわけだが、情報は玉石混交となったのも事実だ。
情報の真偽を見抜けるような活眼とひたむきな学びが今ほど必要なことはないし、「それっぽい情報」をみてわかった気になってしまうような私たち凡人の傲慢さほど、知の劣化を招きやすいのだろうと思う。

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