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二度と会うことのない生徒たちの記憶
実は、私は教員免許を持っている。
だから教育実習にも行ったことがある。
守秘義務があるため学校や生徒のことについて詳しいことは言えないのだが、これが色々と鮮烈だった。
大学のころ大阪にいた私は、高校まで世話になった東京で教育実習をせねばならなかった。
ひとまず申し込んでしばらく、大阪でボケボケしていたら一本の電話が入った。
実習先の担当者だった。
「キミ、今日打ち合わせだよ」
と一言。これに
「聞いてないです」
といいかけたのはあとにも先にもこれが初めてである。
大学の事務課に急いで電話をすると、
「そのような連絡は受けていない」
との回答。さらに「調べて状況をお伝えします」と言われたのに、実習からいよいよ7年になろうという今(2022年現在)も、依然として回答を頂けていない。
結局、別の日に打ち合わせに行くことになった。平謝りしながら、あからさまに不機嫌そうな担当者から
「道徳の授業とかもやってもらうから」
と言われたりして、幸先の悪いスタートを切ることになった。
当時、私は社会をなめていたので
「なんやかんやで教育実習に行けるなら結果オーライじゃん」
とすっかり気が緩んでしまった。
そして私は実習の初日、私は上履きではなく粗末なサンダルを持っていったのである。
これが担当者の逆鱗に触れた。
他の実習生がいるなかで私がサンダルを履いているとかいないとかで怒られ続け、雰囲気は最悪だ。
「ナメてるのか」と叱責される。こちとら本当に社会をナメているわけだから「はい」というわけにもいかず、話す言葉もない。
前述した打ち合わせの不手際についても色々と言われ、こちらとしても項垂れながらシュンとしていた。
そのとき私の目になだらかに流れ込んできたのは、何を隠そうその担当者が履いているサンダルであった。世界で一番美しい「言行不一致」を、この目にとらえた瞬間だった。
そこからというもの私は笑いをこらえるのでいっぱいいっぱいで、もう反省どころではない。
もちろん、翌日からはきちんとサンダルではない上履きを持っていった。
ここまで来て単位がもらえないということほど馬鹿な話もあるまいと思ったからである。
振り返れば実習を終えてもう7年ほどになる。
教育実習で面倒を見た彼ら/彼女らはいまやもう大学生になっている。
あんな小僧たちが、もう皆大学生になろうとしているのだ。
実は、私は授業の最後に生徒一人一人から「自分に通知表をつけてくれ」とお願いをした。もらった「通知表」は今でも全員分保存してある。
無記名ではあるが、時々読み返したりすると字体で「あの子かな」とわかる子もいる。
いま何をしているのか、あの子は元気か、無口だったあの子は喋るようになったか、あの子は不登校になったりしていないか、あの子は友達ができたろうか、あの子は、あの子は…と色々と気にしてしまう。
―きっと、二度と会うこともない生徒たちなのに。
間違いなく生徒の方は私のことを覚えてはいないだろう。それがわかっていても気になるのは、関わりを持ってしまったからだ。
よい関わりを持つと、少し振り返った時に温かい気持ちがどこかで生まれる。
そういう温かい気持ちを生む「関わり」「繋がり」は、なるべく多い方がいい。
だから私はなるべく様々な人と出会うようにしている。
それは単に新しい人というだけではなく、今まであってきた人との関係を(できる限り)途絶えさせない、という意味でもそうだ。
生徒たちにとって、学校でのあらゆる関わり・繋がりはどういう温度感を持つのだろう。
学校については不登校やいじめという言葉を聞いて久しい。
子供にとっては、学校は唯一とも言っていい外界である。
そんな場所にある繋がりに温もりがなかったなら…これほど苦しいことはあるまい。
あのとき教育実習に行っていた教師としての私は、果たしてそんな温かな繋がり・関わりをつくる努力をしていたか。
たかだか三週間と、邪険に終わらせはしなかったか。
見上げた東京の空には、雲に覆われた黄昏が広がっていた。
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