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通り雨、晴れ

「じゃあ、またね」と繰り返される毎日は本当の自分が通行人Bであることを思い出させる。

小さく振った手を静かに脱力させた私は、知らない後ろ姿に背を向け、家路へと歩き出した。

「あんなに長かったのに、

憧れだった綺麗で長い髪は短くなって小さな背中を華奢にする。

人はどうして新しいものに惹かれるのだろうか、

卒業まであと1ヶ月、そんな時期に友人は突然髪を切った。

理由を聞けば、友人は「イメチェン」と答えたが長い付き合いで長さだけは変えたことはなかったのだから何か大きなきっかけがあったのだろう。

頬を桜色に染めて笑う友人と入学式の立て看板

私は外れかかったコンタクトを戻そうと目尻を揺らして知らない制服姿の2人から目を背けた。

まるで前からその髪型だったかのように思わせる後ろ姿は矛先の見当たらない嫉妬心を生む。

私は初めて自分の憧れが執着だったことに気付いた。

私の頭の中は激しくまわる洗濯機のようで、晴れの日すら騒がしい。


通行人Bは目の前を歩く青年に気付かない。

日々、捉われたかのように目線下に落としては足元の水溜まりには目もくれず、

私は上手に生きているのだと私は指先を忙しく動かし、

見様見真似に着飾っては流行気取りの通行人A自分を小さな画面にダビングしていく。

そうして比較により卑下する通行人Bはスクロールの向こう側に逆光して映る自分を眩しそうにしてはいつも通りという道を歩かせる。

水溜まりは水飛沫となって晴れた帰り道に天気雨を降らした。

青年は、晴れの日も雨の日も真白な傘をさし、空色のワンピースと髪を靡かせて、歩く道に昨日の雨を残さない。

風が真横を通り抜け、気付いた時には後ろでメトロノーム、足音が聞こえる。

「つめた」

後ろを振りむくと同時に通行人Bはようやく水溜りに浸みた靴底に気付いた。



晴れた日の人通り少ない帰り道は物静かでアスファルトを叩く雨音がよく聞こえる。

前置きなく通る雨は私の上を中々通り過ぎてくれない。

「ああ、また何処かで誰かの予定を狂わしているのだろう」と他人事にして雨が止むのを待っていると雨の音の中にはっきりと1つの足音がこちらへと向かってくる。

曇り空は空色のワンピースを秘色ひそくに見せて白い傘に影を残す。

青年はクリーニング屋の閉店のお知らせに向かって歩くと、雨宿りする私に寄り添うように、青年はシャッターに背中を預けた。

表情を傘で隠し、閉じた口元だけが笑って見える。

屋根から落ちる水滴が重たく何度も何度も傘地にあたってはつゆ先から零れる様は儚く、水溜まりをつくった。

青年は傘をさしたまま何も話さず静かに隣に立ち雨が止むのを待った。

雨音は騒がしい思考を曖昧にしてくれるから嫌いじゃない。

ポツポツ、ポツポツ

ザーザー、ザーザー

シトシト、シトシト

私は青年の白い肌を横目にアスファルトの汚れを雨が流していくのを見ていた。

なぜこうしては分からず仕舞いで、ただ降り続ける雨を見続けては時間だけが過ぎていく。

ふたりだけの時間

私は何もかも忘れて心地よくなってゆっくり目を閉じた。

雨脚はげしく、落ちた水滴は踊り狂う。

ポツポツ、ポツポツ

ザーザー、ザーザー

シトシト、シトシト

ポツポツ、ポツポツ

ザーザー、ザーザー

シトシト、シトシト

屋根から落ちる水の音が減り、青年が静かに深呼吸したのを聞いて、私は目を開けた。

青年が傘を閉じると雨脚はゆっくりと歩幅を広げ、春の日差しが私の足元を照らした。

私は柄にもなく空を見上げると、ただの青い空に見惚れてしまった。

私は数秒、いつもの空に情を見せたあと青年に向かって「なんで傘をさしていたの」と聞いた。

青年は不思議そうな顔をした。

「雨は好き?」

私は目線を逸らして、水溜りに映る青年を見る。

「私、本当は傘さすの嫌いなの。つい、下を見てしまうから、」

「でもね、傘をさして思ったの。」

「傘をさすと、頭より上にあるから晴れの日なんかにさすとみんなの目線が少し上がるでしょ。」

「珍しそうにしてみたり、私の顔を覗き込んだりして」

「それがなんだか私は嬉しいんだよね」

「だから、私は傘をさすの」

青年は少し難しそうにしながらも丁寧に私の質問に答えた。

水が落ちる音と一緒に青年の顔が揺れる。

私は答えそびれた口を少し開くと「好きです。」とだけ答えた。

すると、青年は嬉しそうにこちらを見て「ありがとう」というと頬を桜色に染めた。

私は嬉しそうに頷くと、閉じていた真っ白な傘を開き、いつもより少し高くあげて家路へと歩いた。

「じゃあ、またね。」

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