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2023年8月に刊行された百合小説まとめ

2023年8月に刊行・発表された百合小説や、百合要素を含む作品についてまとめました。


〇今月のPick Up !

・空木春宵「4W/Working With Wounded Women」(Web東京創元社マガジン 2023.8.03公開)

 『感応グラン=ギニョル』の空木春宵による新作読み切りが、東京創元社のWebマガジンにて無料公開された。空木は第二短編集『幻象ファンタスマゴリイ(仮)』の刊行を予定しており、実質的に収録作品の先行公開と思われる。

 本作は〈上甲街〉と〈下甲街〉の2層に別れた都市が舞台。ここでは〈上〉と〈下〉に住む人間が一人ずつ〈冥婚〉によってペアリングされており、〈上〉の人間が傷を負うと、その傷が〈下〉のペアリング相手に〈転瑕〉されるシステムが築かれている。

 当然〈上〉の人間が富裕層、〈下〉の人間が貧困層であり、搾取の構図がこれ以上なく視覚的に表現されている。

 そんな〈下甲街〉の酒吧(パブ)で働く主人公の雨萱(ユィシュエン)は、自分の冥婚相手はこの歪な制度を改革するために闘争しているのだと考えることで、転瑕を受け入れていた。

 少しネタバレをすると、物語の終盤で、彼女は自身の冥婚相手の女性と対面することになる。このとき真実を知ったユィシュエンと冥婚相手との和解のプロセスが本当に素晴らしく、ぜひ多くの人に届いてほしい。

 またユィシュエンは同僚のトゥイと交際している一方で、妊娠していて働くことのできない"元"交際相手の美帆(メイファン)との同居も続けていて、二人の間で板挟みになっている。この三者の関係の変化にも注目。

 今夏の刊行が予定されていた『幻象ファンタスマゴリイ(仮)』は現在発売日未定となっているが、百合小説としても注目の一冊となることは間違いなく、発売を心待ちにしたい。

○一般文芸(短編)

・阿部登龍「龍と沈黙する銀河」(東京創元社「紙魚の手帖 vol.12」(2023.8.10)収録)

 今年度の創元SF短編賞受賞作品。

 バイオテクノロジーが飛躍的に進歩した2035年、国際機関〈拡張ワシントン条約事務局〉の上級査察官である主人公のザーフィラは、捜査のために踏み込んだ密造所で、とある痕跡を見つける。それは竜が密造されたことを示すものだった。

 この世界では古来から竜が実在している。ザーフィラの故郷でもかつては竜レースが盛んで、幼い頃のザーフィラもまた、騎手として妹と共に競技竜を育てていた。

 その後竜レースの衰退とともに故国と、そして妹から逃げ出してきたザーフィラだったが、密造竜の調査を続けるうち、導かれるように故郷へと舞い戻ることとなる。

 密造事件の裏にいる〈竜の女王〉は、どうやら妹と同じ名前を名乗っているらしい。百合作品としてはやはり、ザーフィラがコンプレックスを感じていた優秀な妹と決着をつけるため、最後の竜レースに挑む場面が見所だろうか。

 またザーフィラとは一回り年下のバディ、ミランダの存在も印象的。優秀な査察官ではあるものの、攻撃的な性格で問題児扱いをされている彼女。しかしザーフィラにだけは懐いており、彼女の危機に奮闘する。

 創元SF短編賞の受賞者プロフィールには「ドラゴンと百合が好き」と書かれており、今後の作品にも注目したい。

・宮澤伊織「ときときチャンネル#6【登録者数完全破壊してみた】」(東京創元社「紙魚の手帖 vol.12」(2023.8.10)収録)

 新人配信者の十時さくらが同居人のマッドサイエンティスト・多田羅未貴の発明品を紹介していく「ときときチャンネル」シリーズ第6話。

 本文は配信の書き起こしといったスタイルで、さくらと多田羅の台詞、そしてさくらが読み上げる視聴者コメントのみで構成されている。そのため心理描写がまったくない一方で、彼女たちの台詞の端々から、配信に乗せるつもりのない互いへの感情を、読者=視聴者が勝手に掬い取る楽しみ方ができるような構成になっている。

 今回の配信内容は登録者500人を目指した耐久配信。雑談や多田羅の発明の紹介で登録者数はゆっくりと伸びていくが、それをまどろっこしく感じた多田羅は恒例のインターネット3(高次元のネットワーク)由来の知識で、一気に目標をクリアしようと目論む。

 「ときときチャンネル」シリーズは#1から#3が電子書籍で単話販売されているほか、10月末には単行本も刊行予定。超おすすめです!

○一般文芸(長編)

・夕木春央『サーカスから来た執達吏』(講談社文庫 2023.8.10)

 『方舟』や『十戒』で有名なミステリ作家、夕木春央の第二長編が文庫化された。

 華族であるものの、関東大震災をきっかけに多額の借金を背負ってしまった樺谷家。借金を整理するために、大口の貸し主の元から送られてきた執行人(執達吏)は、サーカスから飛び出してきたような奇妙な風体をした少女だった。

 その少女、ユリ子は、自分は文字が読めないと言いながらも、樺谷家の経済状況を的確に整理していき、とある驚きの返済方法を提案する。それは、震災で亡くなったとある子爵が、どこかに隠したとされる財宝を見つけ出すことだった。

 さらにユリ子は返済までの担保として、樺谷家の三女、鞠子を連れ出してしまう。こうして、少女二人の財宝をめぐる大冒険が繰り広げられる。

 主人公の鞠子は、華族の娘としての予定調和な将来を憂う一方で、華族であることを捨てたら他になにも残らないと、自らのアイデンティティに悩む少女。そんな鞠子が、まるで全てを見透かしているかのように超然と振る舞うユリ子に導かれ、次第に変わっていく様子が見所。

 また、財宝の在りかを示す暗号の解読や、密室から消え失せた大量の美術品の謎など、ミステリとしての読みごたえも抜群の一作。

・吉屋信子『わすれなぐさ』(河出文庫 2023.8.20)

 河出書房新社による吉屋信子作品の連続復刊、第2弾。

 当時の女学校を舞台に、それぞれ家庭環境も性格もバラバラな三人の少女の、こじれた関係性が描かれる。

 主人公の牧子は、学内では派閥に属さず個人主義を貫いているが、お金持ちのお嬢様で軟派の女王(今でいうところのカーストトップ)の陽子から、熱烈な好意を寄せられるようになる。

 しかし牧子は、学校一の優等生で、ロボットともあだ名される一枝と仲良くなりたいと感じていた。それが面白くない陽子は、更にアプローチを加熱させる。

 牧子や一枝が「女は家庭に入って男に尽くすべき」といった社会の価値観に抑圧されている一方で、そんな価値観にとらわれない陽子の自由で奔放な振る舞いは、魔性の魅力となって、牧子を誘惑する。

 本作が連載されていた当時、きっと多くの読者に希望を与えたであろう最後の展開まで、ぜひ読んでほしい。

・新馬場新『沈没船で眠りたい』(双葉社 2023.8.21)

 書き下ろし作品。

 物語冒頭、一体のヒューマノイドとともに海に飛び込んだ女性が警察に救助され、不法投棄の疑いで逮捕された。しかし彼女、奥平千鶴は容疑を否定、「機械なんか捨てていません」と主張する。いったい彼女に何があったのか。物語は三年前に遡る。

 2030年代に科学技術、特に医療分野での技術が目覚ましい進歩を遂げたものの、日本ではいまだに高度な医療技術は富裕層のものでしかなかった。大学に入学した千鶴も、10年以上前に負った顔面の大きな傷痕を消すことができず、周囲の無理解から、自ずと人を遠ざけるような学生生活を送っていた。

 しかしあるとき、人の輪の中心にいるタイプの女、美住悠に声をかけられる。自分とは正反対な悠のことを敵視していた千鶴だったが、そんな千鶴の日常は悠によって次第に侵略されていくのだった。

 ところが悠にはある秘密があり、労働用機械の打ち壊し運動に巻き込まれた悠が、大怪我を負ったことをきっかけに歯車が狂っていく。

 テセウスの船をテーマにした本作、千鶴の決断とその結末は、きっと読者の心に大きな傷痕を残すだろう。

・李琴峰『星月夜』(集英社文庫 2023.8.30)

 タイトルの読み方は「ほしづきよ」ではなく「ほしつきよる」。2019年に雑誌「すばる」に掲載され、2020年に単行本化、そして今回文庫化された。

 二人の主人公の視点が交互に書かれる本作。一人目の主人公は、台湾の出身で、東京都内の大学で非常勤の日本語教師として働く柳凝月(りゅう ぎょうげつ)。もう一人は新疆ウイグル自治区からの留学生、玉麗吐孜(ユルトゥズ)。ちなみにユルトゥズの名前はウイグルでは星を意味している。

 柳の受け持つ授業で出会ったことを機に交際を始める二人。彼女たちにはそれぞれ、常勤講師としての採用と、日本の大学院への合格という目標があり、日本という異国の地で、どうにかして自分たちの居場所をつくろうと奮闘する彼女たちの姿が描かれる。

 読んでいて印象的だったのは、うっかり在留カードを自宅に忘れて外出してしまったユルトゥズが、警察からまるで悪質な犯罪者かのように扱われる場面。日本という国の不寛容さについて考えさせられる一冊だった。

・樋口毅宏『無法の世界 Dear Mom, Fuck You』(KADOKAWA 2023.8.31)

 書き下ろし作品。

 国内はもとより世界中で大規模な自然災害が頻発し、ほとんど無法状態になった至近未来の日本が舞台。主人公のイツキは、パートナーの葉子と息子の貴一とともに、食糧難となった東京から、イツキの故郷である東北の恵田町を目指して旅に出る。

 もちろん交通網も治安機構もまともに機能していないため、道中は様々なトラブルに巻き込まれるが、それらは主にイツキの暴力によって解決されていく。

 そんな彼女たちを中心に、"普通"の世界では上手く生きられなかった人々の、無法の世界での生き様が描かれていく。

 またサブタイトルにあるように、イツキと葉子は二人とも母娘関係に複雑なものを抱えている。さらにイツキは故郷に住む双子の姉とも一筋縄ではいかない因縁があり、終盤には血みどろの姉妹喧嘩が待ち受けている。

 全編を通して過激な暴力描写、性描写があるため、苦手な方は注意されたい。

○ライトノベル

・伏見七尾『獄門撫子此処ニ在リ』(ガガガ文庫 2023.8.23)

 第17回小学館ライトノベル大賞の大賞受賞作品。

 先祖がかつて鬼と交わったとされる獄門家に生まれた少女、撫子は、その血筋とそれがもたらす凶悪な力によって、同じ無耶師(いわゆる霊能力者)たちからも畏れられ、疎んじられていた。そんななか、胡乱な雰囲気の大学生、無花果アマナと出会う。

 奇妙な能力を使いながらも、自らを一般人だと主張するアマナに導かれ、撫子は様々な怪異・化物と対峙していく。

 両親も既に亡く、唯一の親族である叔父からは「誰にも心を預けるな」と忠告されている撫子だったが、アマナと共闘するうちに、彼女の存在がだんだんと掛け替えのないものになっていく。

 「あなたさえいなければ、わたしは鬼でいられたのに」

 孤独な二人の出会いが後戻りできない変化をもたらす伝奇バトル百合小説。

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