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2023年7月に刊行された百合小説まとめ

 2023年7月に刊行された百合小説や、百合要素を含む作品について、私が読んだものをまとめてみました。
 次に読む本を選ぶ参考となれば幸いです。


〇今月のPick Up!

・西條八十(芦部拓=編)『あらしの白ばと』(河出書房新社 2023.7.30)

 三人の少女たちによって結成された白ばと組が、悪の陰謀に巻き込まれた少女を助けるために奔走する。

 戦後の一時期、ジュブナイル小説が隆盛した際に、作詞家の西條八十によって書かれた小説の復刻作品。編者の芦辺拓によれば、「わが国が世界に誇る美少女戦士や少女戦隊、さてはまた最近大人気となった某アニメに登場するスパイ少女たちの元祖的存在といっても過言ではありません(p.326)」とのこと。

 少女同士の関係性を深く掘り下げるような展開こそないものの、白ばと組のリーダー、日高ゆかりの台詞に曰く「わたしたちは、かわいそうなみなしごの桂子さんをいじめる黒林たちを、きっぱり自分たちの手で退治したいのです。少女の敵を少女の手でうつのです。」とあるように、シスターフッドの要素を具えている。

 白ばと組のメンバーは、頭の回転が非常に速いうえに、自動車の運転も得意で小回りの利く頭脳派、辻晴子。恵まれた体格をもち、成人男性と戦っても引けを取らない武闘派の吉田武子。そしてリーダーとしての機転と判断力だけでなく、非常に正確なピストルの腕前を持ち、さらにはお嬢様としての人脈も駆使する日高ゆかりの三人。

 そんな三人が人目のある場所での毒殺事件の謎を解明したり、夜行列車で重要書類を奪い合ったり、地下に監禁された少女を救出したりと大冒険を繰り広げる。

〇一般文芸(単行本)

・児玉雨子『##NAME##』(河出書房新社 2023.7.10)

 「ハロー!プロジェクト」に所属するアイドルや、アイドルを扱ったアニメ・ゲームの楽曲に多くの歌詞を提供している作詞家・児玉雨子の二冊目の単行本。雑誌「文藝」の2023年夏季号に掲載された本作は、第169回芥川賞の候補作にもなっている。

 物語は主人公の石田雪那(いしだ せつな)がジュニアアイドルとして活動していた子供時代と、芸能活動を引退した大学生時代を交互に描く。

 タイトルのとおり名前にまつわる物語でもある本作。雪那はジュニアアイドルの頃からとある少年漫画の夢小説を愛読しているが、本来自分の名前を入力するはずの主人公名を空欄にして読んでいるため、その作中では主人公名が「##NAME##」と表記されている。

 また雪那の一つ年上の人気アイドル美砂乃からは、二人きりの時はお互いに「ゆき」「みさ」と呼び合おうと提案されるが、雪那はその呼び方にうまく馴染めないでいた。なぜ美砂乃はそのような呼び方を提案したのか。しばらくして引退した雪那と、成長してからもアイドルを続けた美砂乃の関係性の変化にも注目。

 また、児童ポルノをめぐる犯罪やその社会的影響について関心のある人にもぜひ読んでほしい一冊。

・夢野寧子『ジューンドロップ』(講談社 2023.7.27)【※2023.9.14 追記】

 第66回群像新人文学賞受賞作品。

 タイトルの「ジューンドロップ」とは、果樹が6月頃に実らせすぎた若い果実を落とすこと。生理的落果とも呼ばれ、これによって残された果実に充分な栄養が行き渡り、果実は大きく育つ。

 主人公のしずくは、母親が流産をきっかけに精神的に不安定になってしまったことで、家に帰りづらいものを感じていた。そんななか、寄り道した公園で同世代の少女、タマキと出会う。少しずつ仲を深めていく二人だったが、タマキもまた家族にまつわる辛い過去を抱えていたことが、次第に明らかになっていく。

 具体的な手助けはできなくても、一緒にいてただ話しているだけでも、連帯することはできると教えてくれる作品。

〇一般文芸(文庫本)

・吉屋信子『返らぬ日』(河出文庫 2023.7.10)

 『花物語』で知られる少女小説の大家、吉屋信子の短編集。表題作の中編「返らぬ日」では、女学校で出会ったかつみと彌生という二人の少女の物語が描かれる。

 視点人物であるかつみは上海で生まれ育った洋装の少女で、文筆に親しむ早熟な少女。一方、老舗の問屋に生まれた彌生は常に和装を身にまとっている。彌生は母から受け継いだ類まれな美貌を持つものの、妾腹の子であったため、家中では微妙な立場にあった。

 そんな二人は互いに惹かれあい、秘密の交際は順調に続くものの、彌生に縁談が持ち込まれることで雲行きが怪しくなっていく。彌生から駆け落ちを迫られるものの、すぐには肯けないかつみに注目。かつみが彌生とは反対の天秤にのせたものは、当時と現代ではその取扱い方が大きく変わるような気がして面白い。

 また、吉屋信子作品は8月に『わすれなぐさ』、10月に『紅雀』と連続で復刊される模様。こちらにも注目。

・武田綾乃『愛されなくても別に』(講談社文庫 2023.7.14)

 2020年に刊行された同タイトルの文庫化作品。『響け!ユーフォニアム』シリーズで知られる武田綾乃は、本作で吉川英治文学新人賞を受賞している。

 主人公の宮田は、浪費家の母親を持ち、自分が通う大学の学費と家庭に入れるお金を稼ぐために、バイトに明け暮れている。しかし、「親が殺人犯」などといった悪い噂の絶えない同級生の江永と知り合ったことをきっかけに、実家を抜け出し、江永との同居を始める。作中では宮田の他にも、様々な母娘関係が描かれていく。

 「家族」や「愛」など、無批判に肯定されるような価値観を問い直すような内容になっている。宮田と江永の関係が最後にどう決着するかにも注目してほしい。

・青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 4』(講談社タイガ 2023.7.14)

 7月からテレビアニメも放送している「アンデッドガール・マーダーファルス」シリーズの第4巻。吸血鬼や人狼など空想の怪物が現実に息づく19世紀末の欧州を舞台に、「不死」で今は首だけの存在になった美少女探偵・輪堂鴉夜と、その弟子で半人半鬼の真打津軽、そして鴉夜の従者である馳井静句たち《鳥籠使い》一行が、奪われた鴉夜の体を取り戻すために旅をする。

 4巻はメインキャラクター3人の来歴と、テレビアニメ第1話と第2話の間に起きたエピソードを描く過去編の短編集となっているため、アニメから原作を知ったという人も手に取りやすい内容となっている。

 百合小説としてはやはり、馳井静句のエピソードを描いた「言の葉一匙、雪に添え」に注目。普段は黙して多くは語らない静句の、鴉夜に対する感情が綴られている。

 また鴉夜が「不死」となった経緯が明かされる「輪る夜の彼方へ流す小笹船」では鴉夜と「師匠」との関係性にも注目してほしい。

・蒼月海里『怪談都市ヨモツヒラサカ』(PHP文芸文庫 2023.7.21)

 『怪談喫茶ニライカナイ』から始まる怪談シリーズの5作目だが、本作からでも読むことができる。

 高校生の石津南美は学校や家庭に馴染めず、読書を心の拠り所にしている。そんな彼女が図書館で出会ったのが、黒塚亜莉沙という存在感のある美しい少女。
 
 幻想小説が好きだという亜莉沙の虜になる南美だったが、あるとき夜の地下鉄のホームで「狭間列車」という都市伝説の存在が二人の前に現れる。南美は列車に引きずり込まれそうなところを、呪術屋を名乗る青年、九重庵によって間一髪のところで助けられるが、列車に乗り込んだ亜莉沙はどこかへと連れ去られてしまうのだった。

 南美のほかにも、ここではない世界に行きたいと願う人々が都市伝説の怪異と遭遇するエピソードが挿入されるが、亜莉沙を異界から救出しようとする南美の視点が本筋となる。

 調査を進める中で自分が亜莉沙のことを何も知らないことに気づく南美。南美は亜莉沙のことを一方的に慕っているが、果たして亜莉沙は南美のことをどう思っていたのか、というところが百合小説として読んだときの見どころだろうか。

 ただし本作を百合小説と見ることについては、一定の留保が必要に思える。その理由については終盤のネタバレに関わるので、興味のある方は以下のふせったーからキーワード「ヨモツヒラサカ」を入力して確認してほしい。




 今回紹介したもの以外にも、面白い百合小説がありましたら、ぜひコメントで教えてください。


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