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おそらく何かの引用だと聴き手に思わせるだけの説得力

 アベマの番組『ラップスタア誕生2023』を毎週欠かさず見ていた。次世代のラッパーの発掘をコンセプトとしたオーディション番組で、優勝者には賞金三百万円が贈られる。開催は今回で第六回目となり、近年の日本のヒップホップシーンで活躍するラッパー達の中には、この番組を機に有名になった者も多い。
 僕は普段ロックを主に聴いているので、あまり馴染みのない世界を覗き見している感覚で新鮮だった。個人的に全くピンとこなかった出演者が審査員達に絶賛されて次のステージに進み、次の楽曲披露で度肝を抜かれた際には自分の目が節穴だと思わされた。ヒップホップ的に言えば「くらった」わけだ。分かっている人が見れば明らかな「何か」も、僕の感性では気付くのに時間が掛かった。そのような自分の人生の文脈にはなかったものの片鱗を、二十歳そこそこくらいの新進気鋭のラッパー達に見せられる度、なんだか年寄りになったような気分を味わったものだ。

 そんな僕にも、番組の冒頭から注目していたラッパーが一人いた。Kay-on a.k.a. Kwi4Kangである。正しい呼び方もよく分からないが「ケイオン」と番組内では呼ばれていた。
 まず単純に彼はラップがずば抜けて上手かった。音数の多い早口で捲し立てるタイプのラップが主なスタイルで、安定したリズム感の裏には怒りと自信が垣間見えた。リリックにおける言葉の選び方にも一貫した哲学や美学を感じた。慣用表現や比喩の使い方が巧みで、よく意味の分からない箇所もおそらく何かの引用だと聴き手に思わせるだけの説得力があった。また多くを語らない寡黙な人柄にも好感を持った。彼は出演者の中では二十七歳という年長者としての責任を感じていたらしく、他のラッパー達に差し入れをした後に「ぎこちなくないすか?」とカメラマンに思わず訊ねる場面なんかもあった。
 最後のライブ審査まで残った五人の中で、ケイオンはトップバッターだった。全てが計算されて作り込まれており、それなのに感情がひしひしと伝わってくる圧巻のパフォーマンスだった。一曲目の冒頭を彼はステージにしゃがんで下を向いた状態で歌い始め、最後の曲の時点では上半身裸で観客を煽っていた。オーディションの最初の段階でも披露していた曲の中で、イギリスのラッパーSkeptaの曲の歌詞を引用した際には「ああ、そうだよな」と改めて全てが腑に落ちた気がした。

 結果的に彼は準優勝だった。僕の中で彼は最初から最後までずっと優勝していたが、結果に対する異論は全くない。なんというか、この手の賞レースでは得てして主人公タイプの人間が勝つのがセオリーだ。ケイオンはどちらかと言えば主人公に立ちはだかるライバルタイプであり、そのような立ち位置でこそ輝くタレント性・資質を持っている。
 顧みると僕はポケモンのシルバーをプレイしていたし、ナルトよりサスケに惹かれていたし、M-1でノンスタイルに負けたオードリーのラジオをずっと聴いてきた。それゆえに「何か」を早い段階で感じられたのかもしれない。

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