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イギリスのらりくらり 夜にピアノを弾いたこと

勝手にアナザースカイだと思っているりんご農園で過ごした、ちょっと素敵な時間の話です。


ピアノの思い出

私の実家のリビングの端っこにはアップライトのピアノがあって、姉と私が弾いていました。と言っても、それは高校生くらいまでの話。
受験だなんだという、よくある忙しい時の流れの中で、いつの間にか弾かなくなって、ある時ごく久しぶりに楽譜を開いたら、「ヘ音記号」の方の音符が瞬時には読めなくなっていました。

ピアノを弾いていたのは、たいてい学校から帰った後。気が向いた時にポロポロと弾くわけですが、夕方なので家の中は何となくせわしない。
途中で電話が鳴ってピアノの前で謎の空白の時間を過ごしたり、「そろそろ遅いからほどほどにしたら?」と暗に中断を促されたり、音が小さくなるペダルを元に戻すのを忘れて姉に注意されたり。
何となく落ち着かない光景が思い出されます。
しかも、リビングにピアノがあったから、いつでも煌々と明るい照明の元で弾いていました。

ピアノ発見

りんご農園のピアノの存在に気が付いたのは、到着した次の日だったように思います。
ごはんを食べるキッチン兼ダイニングの横に、大きなカーテン(というより緞帳のような思い布)で仕切られた箇所があり、初めは入っていいのか分からずにいましたが、同じ時期に滞在していた女の子が出入りしているのを見て、私も入ってみました。

そこはいわゆる、シッティングルーム。
窓があって、暖炉があって、暖炉を取り囲むようにソファがあって。
その部屋にオルガンとピアノがあったのです。

木目調の見たことのないピアノ。大きくはないけどグラントピアノ。
石の壁、絨毯、ソファ、毛布、薄明り、間接照明。
落ち着いていて、自然と呼吸もゆっくりになるような、そんな素敵な空間でした。

ピアノの連弾はじまる

一緒に滞在していた彼女(ローリー)は、たまにピアノを弾いていて、その辺にある楽譜を見て弾いたり、お気に入りの曲をそらで弾いたり。
彼女のピアノは石でできた家の中に心地よく響いていました。

そして彼女からついに、「あなたもピアノ弾こうよ」声がかかります。
「もう何年も弾いてないし、左手の楽譜が読めくなっちゃた」と言ったら、「それじゃ私が左手ね」という事で…連弾をすることに。

選んだ曲はシューマンの『子供の情景』のなかから、『第1曲 見知らぬ国と人々について』。
1ページのとっても短い曲を、私に付き合ってゆっくり弾いてくれました。
連弾って、自分もしっかり弾かなくちゃいけないけれど、同時に相手の様子もうかがわなくちゃいけなくて、片手だからその分簡単、という単純な話では無かったりします。
でもそれが楽しくて、お互いもうちょっと上手く弾きたいという欲求がでてきて、ちょこちょこと練習を重ねました。
彼女も乗り気で、「最後に二人で弾いてる動画を取ってもらおう」なんて話になりました。

夜のピアノ

ある晩、夕ご飯の後にピアノを弾きました。
ピアノのあるシッティングルームはそのころには真っ暗。
暖炉に火がたかれて、間接照明をつけて、ゆっくりピアノを弾きはじめました。

暖炉の前に座るジェレミーは、紅茶のマグカップを持って半分夢のなか。
クレアはすでに本の世界のなか。その足元でおばあちゃん犬のミシュカが寝息をたてています。
誰のためでもなく、ただ自分たちが楽しむためだけに弾く、夜のピアノ。
拙いピアノだけれど、暖炉が温めてくれた暖かい空気のように、私たちのいる部屋の空気を心地よく満たしてくれたような気がしました。
こんな風にピアノを弾いてもいいんだなぁ。


彼女が農園を去るとともに、ピアノシスターズは解散。
クレアに頼んで、去る直前に二人の動画を撮ってもらいました。
間違ってるところもあるんだけど、ずいぶん弾けるようになっていました。
心がほくほくする、思い出のひとつです。

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