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桃とバゲット

 小麦の香り。香ばしい。バゲットを買うのはいつも決まったパン屋さん。シンプルで味わい深いお気に入りのバゲット。バゲットのきつね色はしあわせの色。

 梅雨が終わった。セミの鳴き声。目がくらむような日差し。午前中なのに殺人的な暑さだ。空は太陽が大声で叫んでいるよう。顔を上げただけで、汗が流れる。帽子を脱いで汗をふく。はやくおうちに帰ろう。

 バゲットを抱えなおし、てぽてぽ歩く。坂の多い街。見下ろせば海が見える。たくさんの光を溶かしこんだ海は銀色だ。夏の海は強い引力を持ち、たくさんの思い出を生み出す。今年はあの人と海に行きたいなと思う。風向きでふいに潮の香りが漂う。潮の香りはきゅんとくる。ノスタルジーとわくわくが混じる不思議な香り。

 家にたどり着いた。やれやれ。ほっとひと息。あの人が作ってくれたジンジャーシロップと炭酸を混ぜたジンジャーエールを飲む。金色に輝くジンジャーエール。窓際に置けばきらきらと輝く。あの人への恋心もきらきらと輝く。恋は本当に嗜好品で贅沢品だ。恋を飲むようにジンジャーエールを飲む。

 冷蔵庫を開ける。昨日仕込んでおいた桃のコンポートを取り出す。ほんのりピンクに染まる桃。かわいくて美味しい初夏の味。白ワインとメイプルシロップで煮たコンポート。酸味と甘さが混じりあう。

 バゲットを軽くトーストして、クリームチーズを塗る。その上に桃のコンポートをのせる。今の季節のごちそう。ひとくち食べると目じりが下がる。ふたくち食べるとほっぺが落ちる。あの人が帰ってきたら、食べてもらおう。

 おいしいものを好きな人と共有できる幸せ。ときめきを好きな人と共有できる幸せ。

 それは極上の瞬間だ。


inspired by スピッツ「ときめきpart1」



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