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「ひとり」を得る。

「ひとりで年越し蕎麦を食べ、お笑い番組を肴に酒を飲む。」
この一文を見て、読者の皆々様はどのように思うのだろうか?

寂しいやつだと思う人がいるだろう。
羨ましいと思う人もいるかも知れない。
枕のプライベートについては放っておいて頂ければ幸いだ。

寂しいやつだと思う人がいれば、隣には大切な人がいるに違いない。
可能な限り人目のない場所でイチャコラするが良かろう。
通りすがりのポケットで中指を立てられている事もある、承知されたし。

羨ましいと思う人がいれば、周りには沢山の人がいるに違いない。
ステキな魅力を持っている貴方に自然と人が惹きつけられるのだろう。
煩わしくなる時もあるのだろう、貴方が平静を感じられるひと時を手持ち無沙汰な時にでも祈っておこう。

他人の様を見た時に抱く感情は実に雑多である。
優越感だったり、ないものねだりだったり…。
表現する言葉は幾らでも有りそうだが、それらの多くに「比較」が内包されている気がする。

優越感もないものねだりも自他を比べた結果として抱き得る感情である。
自己肯定感を上げる事もあるだろうが、振り回されるのが大概だ。
疲れる。
一連の話の引き合いに出せそうなのが「自分との戦い」理論だが、あいにく枕はアツアツ理論を引き合いに出せる程のメンタルを持ち合わせてはいない。

多少なりとも紛らわす術は無いかと模索して思いついたのが

自分の選択した結果が現状であると自覚する

である。

枕は逃げに逃げを重ねて今のような有り様になってしまったと考えていたが、実は逃げを選択し続けて「ひとり」を得たのである。
書きたい時に書き、思い立てばLIVEに行き、何もしない選択肢を何時でも取れる、これらは他人がどう思おうと選択の結果得た現状だ。

動かしようがないと諦めて腹落ちすると、不思議な事に「現状を謳歌してやろう」という気持ちすら湧いてくる。
加えて、ひとりになっても何故か連絡を寄越すやつらは少しいて「独り」ではない。

気が付いてみると枕は順風満帆と言えずとも及第点であった。

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