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雨やどりは、やなぎの下で

※お立ち寄り時間…5分

茶わんが割れた。

かれこれ、10年以上使っていた茶わんがあっけなく、音もなく、つるんと手からこぼれ落ちて、綺麗に2つに割れてしまった。

躊躇いもなく、人との縁を断ち切るみたいに。

こうゆうことが意外とよくある。ずっと大事にしていたものが、あっけなく消えてしまうことか。なんだか数十年前にどこかに(いや、故意に。)忘れてきた、失恋と似ているような気がする。

新しいものを買いに行こうかと、丸窓の外を見ると、細く冷たい、今にも刺さってしまいそうな雨が途切れることなく降っていた。庭に咲いている白い紫陽花が雨の中で溺れている。そういえば、稀にみる速さで梅雨入りしたことをふと思い出した。

まあ、新しいものを買いにいったとしても、なかなか決められないし、店員さんと話すのも億劫だ。とりあえず、先延ばしに、と割れた茶わんを新聞紙で包もうと、立ち上がろうとした瞬間、「ごめんくださーい。」と気怠い声が細い廊下の奥から届いた。

「あれ、竹さんも茶わん割れたの?」

「うん。」

「奇遇だねえ。」

お隣さんの「西さん」もどうやら茶わんが割れてしまったらしい。手元を見て見ると、本当に竹を割ったように綺麗に割れていた。それで、接着剤を借りに家へ来たところだったという。確かに、「買う」ではなく「直す」という発想があったかと感心していると、西さんがのんびりした声で提案してきた。

「竹さん、せっかくならさ、普通に直すのは、面白くないから、交互につけあいっこしようよ。」

「うん!」

西さんは、本当にわくわくする提案をするのが得意だ。惚れ惚れした。


「竹さん、ご飯できたよ。」

西さんと私の割れた茶わんが交互についた、世界で2つ(おそらく)だけの茶わんが円卓に並ぶ。違う角度から見ると、また不思議と違う柄のように見えて、面白い。
西さんは、どんな物事も自分の形にして「受け入れて」しまう強い人だ。喧嘩をしたとして、バッサリ相手を見捨てたりせずに、キチンと「なおす」ことができる。


それから、西さんは、料理がとても上手だ。
たまに、私を心配してご飯を振舞ってくれる。勤め人をしていた頃、あまりにも不規則な食生活のせいで、倒れてしまったこともあり、今でもこうしてやってきてくれる。

『任せることも、優しさだと思うよ。』

倒れてしまったとき、はじめて西さんに怒られた。口調は、いつも通り穏やかだったけど、言葉の端々には、震えるほどの心配と怒りがあった。それ以来、私は、食事を抜かないようにしている。その時、己に誓ったのである。

「今日ね、これからどうするの?て言われちゃって。」

「うん?」

「むしろ、ぜひともご教授頂きたいと思ったよね。」

「うん。」

「なんでもかんでもさ、つがい、にしなくてもいいじゃんって。」

「つがい?」

「そう、つがい、または、つどい?」

あははー、と西さんのカラカラとした笑いが宙に浮く。
多分、西さんは、落ち込んでいる。誰に言われたかは、ひとまず、何気ない好奇心の中に、きっと悪意を見つけてしまったのだろう。それに、お気に入りの茶わんも割れちゃったし。

なんて、声をかけようかぐるぐると迷っていると、西さんが続けて話し始める。どうやら、答えを聞きたいわけではないらしい。

「ねえ、竹さん。ひかないで聞いてくれる?」

「うん。」

「竹さんとは、血も繋がっていないし、パートナーでも何でもない。だけど、竹さんとこんな風に食卓を囲んでいるとね、なんだか家族みたいだなって思うの。」

「うん。」

「だから、これからもずっと家族みたいに居てくれる?」

「プロポーズ?」

「…みたいになっちゃったね。」

西さんは、グラスに注がれたビールをぐいっと飲みほして、また、あははーとのんびり笑った。とても嬉しかった。けれど、どんな風に伝えたらいいか分からなかったから、西さんの大好物の唐揚げ(大きめのやつ)を、ばれないように小皿によそった。

ふと、丸窓を見ると、さっきまでとげの様に降っていた雨が、小降りになっている。庭で紫陽花が気持ちよさそうに笑っていた。

「ねえ、西さん。」

「なあに?」

「ご飯食べ終わったら、お揃いのお箸買いに行こうよ。」

「うん!」

これからも、たがい違いのお茶碗で、西さんとお揃いのお箸で、西さんのとびっきり美味しいご飯を、囲みたい。「家族」みたいに。


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