ブルーの先は一方通行で
※お立ち寄り時間…5分
ーそうめん、食べれるようになったよー
終わった。
まだ、8月の上旬、夏真っ盛りだと言うのに音も気配もなく、俺の夏は崩れ去った。
もはやホラーだ。
さっき、コンビニで買ったアイスキャンディーは、見事にハズレで、後ろにふらついたはずみで犬のフンを踏んだ。さっきしたばかりみたいだった。乾いてろよ。
本当にツキが尽きたみたいだ。
「おーい!つかさー!」
あまりの耐え難い苦しみにクラクラしていた頃、うんざりするほど聞き慣れた声が俺を捉えた。
「そんなところで何してるの?熱中症になるよ。」
「うるさい。」
「ポカリ飲む?」
「だから、うるさいって。」
そう言いつつも、アスファルトの上に大の字になっているのは、いささかしんどかった。
あゆむが差し出したポカリをつかみ起き上がる。
「何かあった?」
あゆむが栗色の髪をキラキラさせながら、心配そうに覗き込んできた。ふと目線を合わせると、小さい頃からずっと見てきた黒目がちの表情がそこにあった。
「いいよな、お前はさ。」
「何、急に。」
「悩みとかなさそうで。」
格好悪い。
紛れもなく、正真正銘の八つ当たりだ。カラカラに乾いたのどに、ぬるい飲みかけのポカリがしつこくまとわりつく。鬱陶しい。
ちくしょう。終わったのか。始まることもなく、終わったのか。ジワジワとまた名前のない感情が込み上げてくる。目頭が熱い。
ダメだ、俺。耐えろ。あゆむに見られたくない。
「あるよ、悩みくらい。」
先ほどとは打って変わって、驚くほど冷たい声が降ってきた。大雨かと思った。あゆむの声だけが、まるで切り取られたみたいに宙に浮いている。
「え…?」
蝉の声だけがけたたましく耳の奥へ入り込んでくる。いつもと別人のあゆむに何か声をかけたいのに、先程の甘ったるさが邪魔をして何も出てこない。まずい、何か言わないと。
「ご、ごめ…。」
「だから、悩みぐらい誰でもあることだから、心配するなってことだよ。」
半ば俺の言葉を遮るようにして、あゆむが話し始めた。どこか違和感を感じたが、瞬きをする間に、いつもの元気いっぱいのあゆむに戻っていた。
「どうせ、橘先輩と何かあったんでしょ。」
「え?!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。迂闊だった。そう言えば、あゆむは橘先輩と仲がいい。あまりつるまないことで有名な橘先輩が、あゆむにだけはよく話しかけていた。
「図星か。」
「お前、何か聞いたのか。橘先輩から。」
「さあね。」
そう言ってあゆむは、肩にかけたかばんを持ち直すと、俺を横目にスタスタと歩き始めた。かばんには、見慣れない黄色いキャラクターのキーホルダーがぶら下がっていた。
あいつ、あんなのいつ買ったんだよ。
「ちょっと、はぐらかすなって。」
そう言って腕を掴むと、あゆむは前を向いたまま大きなため息をついた。顔はこちらには向けなかった。
「はぐらかしてなんかないよ。
気になるなら、橘先輩に自分で確認しなよ。」
「確認って…。」
「ねえ。
いつまでも幼馴染のあゆむじゃないんだよ。
そうめんも食べれるようになったし、ちゃんと好
きな人だっているよ。」
「え…?」
「いい加減に自覚してよ。」
そう言ってあゆむは振り向くと、思いっきりくしゃりと俺の頭を撫でた。
「甘えんなよ。」
ちょうど夕焼けに隠れて、あゆむの顔は見えなかった。何を意図していたのか全くわからない。
「…何なんだよ、あいつ。」
置いていかれた焦りなのかそれとも意識なのか。
右奥歯がツーンと痛い。
こめかみがガンガンする。
心臓が不規則に波打つ。
いつのまにか、蝉の鳴き声から、あたりは鈴虫の音色に包まれていた。
「あいつ、あんなに可愛かったっけ。」
17歳の夏。終わったと思っていた夏が動き出す。
俺は、素直に知らない顔の幼馴染に振り回されていた。
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