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チッテで愛してる#8 『目に見える約束』

警察官が僕を部屋に通す。3畳ほどの部屋に長テーブル。パソコンと、小さなコピー機。部屋のドアは開けられ、パーテイションが置かれていた。警察官は僕に言った。


「ここで少し話を聞くから。」

 僕は言った。

「彼女と話をさせてください。」

 3人居る警察官の中で一番若い男が言った。

「それはできないんですよ」

 僕は語気を強めて言った。

「だったら、彼女の顔だけでも見させて下さい。何も話せないでもいいです。」
 
「ごめんね、それもできない。」
 
僕の声が大きくなる

「見るだけでいい」

「またすぐに会えるから。」

「いつ!!?」

この時の僕は完全にパニックになっていた。ジャスミンはどこで何をしているんだ?もしかしたら泣いているんじゃないのか?
ジャスミ、僕達二人は明日の朝をどんな形で迎えるのだろうか? 
  
 
 少し前の話。この日僕達は買い物に来ていた。

この日のためにバイトを掛け持ちしてやっとの思いで貯めたお金を財布に入れて、ジャスミンと伊勢丹のMarc Jacobusに来ていた。白、黄色、ピンクの派手なタイルの床に、黒い漆喰の壁。木目が美しい、ウォールナットのハンガーに掛けられた服達が、主役を奪い合うように目が眩むほどの光を浴びていた。そんな服達を脇役にしてしまうほどに輝いていた。

「キレイね」

そう呟くジャスミンの無垢な笑顔が。僕はジャスミンの笑顔がキレイで、罪悪感が募った。ジャスミンが僕に言う。

「このリングが一番キレイ。」

キレイな純金の指輪だった。しかし、とても買える値段じゃなかった。昨日ネットで見た時は。2万円で買えるMarc Jacobusのペアリングがあったのに。このお店にはなかった。僕の財布には3万円しか入っていない。僕はジャスミンに言った。恥ずかしくて、小さな声で。

「ごめんジャスミン全部買えない。」

ジャスミンにキレイな指輪をプレゼントしたかった。二人でいろんなお店を回った。最初に伊勢丹なんか行ったから、他のお店の3万円で買える指輪が魅力にかける。何時間もジャスミンにふさわしい指輪を探した。僕達は新宿から原宿まで来ていた。小さくてボロイお店に入った。店内を歩くたびに床の砂埃が靴裏の模様に変わる。そんなお店でジャスミンが言った。

「私これがいい。これにしよコセ」

それは8000円もしないペアリングだった。僕は言った。

「もっとキレイな指輪があるよ。」

「大事なのはリングじゃない。あなたと同じリングそれが大事だから。」

試しにそのリングを二人でつけた。なんのデザインもされていないステンレスの指輪をはめたジャスミンが言う。

「キレイね」

Marc Jacobusで見た同じ笑顔で。

ジャスミンのサイズがなかったので、指輪は注文してから2週間かかるそうだ。指輪は無いが、帰り道の僕達は、はしゃいでいた。

「私リングができたら、絶対に外さないから。リングが汚れるから、料理も洗濯もあなたの仕事よ」
「僕の指輪が汚れちゃうじゃん。」
「そっか・・・」
「じゃあ二人で右手を出し合って洗濯も料理もしようね坊や。」
「コセ・・・リング左手につけてくれるの?」

左手に指輪をつける自分を想像した。真っ赤な顔になった僕とジャスミン。お互いの顔を見合って、もっとほっぺが赤くなった。

それから8日後

僕は一人カフェでアルバムを作っていた。1ページに1枚の写真だけ貼り付けて、余白をジャスミンへの愛と感謝の言葉でびっしり埋めたアルバム。華やかだなんて言えない写真ばかりだった。ガストと、SEIYUまでの行き帰り、近くの公園。そしてほとんどが二人の部屋で撮った写真だった。写真を見て僕はジャスミンと過ごした2年間を思い出していた。

いつもネタはガストで書いていた。ドリンクバーと山盛りポテトだけで6〜8時間ネタを書く。その隣にはいつもジャスミンがいる。会話などない。ただ僕は黙ってノートを見つめている。楽しいデートのはずがない。僕はジャスミンにいつもいう。

「つまらないから来ないでも大丈夫だよ」

「一緒にいたいだよ。あとネタ書いてる時のあなたの顔が好き。楽しそうから。」 

ただ座っているだけのデート。それなのにジャスミンはこの時間が好きだと言う。僕も同じだった。買い物はいつもSEIYUに行く。一人で持つ荷物は重いから、 “一人でSEIYUに行くのは禁止“ 二人のルールで。二人でSEIYUに行って、僕は缶ビールを1本。ジャスミンはエビの天ぷらを買うのが楽しみで。休みの日は二人でお弁当を作って公園に行く。公園の木で暮らす鳥の夫婦に、コーセーとジャスミンって名前を付て、夫婦の暮らしを見守っていた。小鳥が生まれた日は2人ではしゃいだ。お祝いだとジャスミが一尾しかない大切なエビを鳥の親子に与えた。

クリスマスやジャスミンの誕生日、それに二人の記念日。特別な日は全部二人の部屋で過ごした。特別な日は二人で料理を作る。何を作るかでいつも喧嘩になって、結局は全てジャスミンの食べたい物になる。ジャスミンの好きな辛い豆ご飯も、甘いケーキも僕は食べたくない。でも、嬉しそうに食べるジャスミンの顔を見たら、喧嘩も嫌いな料理も全部が大好きな思い出に変えられてしまう。僕はこの部屋が大好きだ。 コンビニ夜勤のバイトの一時間休憩でジャスミンの寝顔にキスをしに帰る場所もこの部屋だ。ジャスミンが僕の服にアイロンをかけてくれるのもこの部屋。初めてキスをしたのも、初めて体が結ばれたのも。初めて喧嘩をしたのも仲直りをしたのもこの二人の部屋。毎日、毎日変わらずに僕の左腕の中のジャスミンと二人、ほつれた表情で新しい朝を迎える。毎朝ジャスミンにキスをして同じ会話をする。

「愛してるよ坊や、起きて。」
「あ〜私のこと愛してるならあと5分だけ寝かしてよ」

いつも同じ毎日だった。何も持っていないから、どんなに些細な事も幸せに変えてしまう1日。何も持っていないから、小さな変化で一喜一憂した。他人には見えない喜びを、二人で見つけて詰め込んだ。なにも欠けてしまわないように。そんな毎日だった。そんな大好きな思い出が詰まったアルバムを作りながらカフェで一人何度も泣いた。写真の中の二人が羨ましくて。
 
二人の部屋でジャスミンの帰りを待っていた。ジャスミンはアルバムを見てなんて言うのだろうか?ドキドキして落ち着かない。僕はタバコに火をつけた。それと同時に玄関が開く音がした。ただいまも言わないでジャスミンが部屋に入る。ひどく泣いたのだろう、赤い目が腫れていた。部屋に入ったジャスミンが座るのも待てずに僕はジャスミンを抱きしめて言った。

「おかえり坊や。」

「・・・」

「泣かないで」

僕は黙って泣いているジャスミンの涙を指で拭いキスをした。するとジャスミンが泣きながら笑った。そんなジャスミンに僕は言った。

「プレゼントが あるんだよ。」

僕はそう言ってクローゼットからアルバルを出してジャスミンに渡した。ジャスミンが黙ってアルバムを見て泣いていた。そんなジャスミンに僕が言う

「嬉しい坊や?」

ジャスミンが長く黙って、自分で涙を拭い言った

「私が欲しいのは写真じゃない・・・」

この時、僕達2人は自分達の力では壊せない問題を抱えていた。毎日、明日が来るのが怖くて、どうしたらいいかも分らず、2人で泣いていた。
 ジャスミンのビザの更新ができず、国に帰る事が決まった。出国するために期限切れになったジャスミンのパスポートが届くのを待っていた。パスポートが届いたらジャスミンはミャンマーに帰ってしまう。パスポートが届くのは、明日かも今日かもしれない。2人の部屋であと何回ジャスミンと朝を迎えられるのだろうか。ジャスミンがミャンマーに帰ってしまったら、お菓子ばかり食べるジャスミンに誰が注意するんだ?ジャスミンの背中の毛を誰が剃るんだ?泣き虫なジャスミンの涙を誰がふいてあげるんだ?誰がジャスミンを笑わせるんだ?
 そして、ジャスミンがミャンマーの帰ってしまったら僕は、どうやって笑えばいいんだ。ジャスミンがいない部屋になんて帰りたくない。ジャスミンがいない布団で眠る夜なんて、想像もしたくない。この心も体もジャスミンを喜ばす事だけに使いたい。この手も、この目も、この耳も、この鼻も、ジャスミンを感じないんだったら、必要ない。明日の2人がどうなっているのか、怖くて考えたくない。だからジャスミンにアルバムを渡した。1人でいるのが悲しい夜は、このアルバムを開いて欲しいから。アルバムを見たジャスミンは言った。

「私が欲しいのは写真じゃない・・・」

「嬉しくなかった?」

「嬉しいだけど。」

「じゃあなにが欲しいの?」

「写真じゃなくて、あなたが欲しい。ずっとずっとあなたが欲しいだよ。」

「坊や・・・僕はどこにも行かないよ。ずっとずっとあなたを愛してるよ。」

ジャスミンが真っ赤な目で真っ直ぐに僕を見つめて叫ぶ。

「どうして愛してるなんて言えるの」

僕も辛くて、心から声を出して叫んだ

「愛してるからだよ」

ジャスミンが涙に邪魔されながら今まで心に閉じ込めていた言葉を叫ぶ

「なんで愛してるなんて言えるの・・・私、あなたと結婚もできない。あなたの子供も産めない。あなたの隣にも居られなくなる。それなのにどうして・・・どうして愛してるなんて言えるの。」

ジャスミンにそんな事を言わせてしまうこの状況が辛かった。ジャスミンも辛かっただろうし、僕も辛かった。どうしよもない今の状況がもどかしくて、涙が出て、僕はひどく大きな声を出した。

「そんの事、全部関係ない。あなたじゃないとダメなんだよジャスミン。あなたがなんて言おうと、どこに行こうと愛してるんだよ。」

「そんな言葉信じられない。私が居なくなったらあなた・・・他の女の子と一緒になっちゃうんでしょ?」

「そんな事絶対にありえない。あなたも分かってるでしょ・・・愛してるんだよジャスミン。」

「愛してるの言葉なんていらない。言葉も写真もいらない」

ジャスミンがアルバムを僕に投げつけた。床に落ちてアルバムが開いた。そこには、ぎこちない笑顔の2人が映っていた。アルバムの1ページ目。初めて出会った日の2人。ジャスミンのブーツのヒールが折れて裸足で道玄坂を歩いた12月の夜の写真だった。その写真を見たジャスミンが黙ったまま僕に背を向けてタバコに火を付けた。灰皿がある台所まで行こうとするジャスミンの手を後ろから掴んだ。僕の手を振り払ったジャスミンが僕を見つめる。苦しそうに声を殺して、くしゃくしゃの顔で大粒の涙を流すジャスミン。そんなジャスミンが心に張り付いた言葉を無理に剥がすように、かすれた声で叫んだ。

「目に見える約束が欲しいの。私達は、神様の前で結婚の約束もできない。遠くな場所で離れて暮らすんだよ。あなたは私を忘れて、他の女の子を愛してるかもしれない。そんな事を考えながら待ってるなんて私にはできない。だから目に見える約束が欲しいの・・・ずっと、ずっと、あなたと一緒に居られる約束が・・・コセお願い...」

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僕は何の批判もするつもりはないです。そして90%の真実と10%の着色がありますので、特定の団体や個人を攻撃する事のないようにお願いいたします。

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