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コロナとスウェットショップ

コロナ初期より、折に触れてクローズアップされて来た「ウィルスは平等じゃなかった」説を裏付けるシチュエーションはこれまでも世界のあちこちで散見された。アメリカの低所得層が自宅引きこもりの裕福な人たちの代わりにオーガニックの野菜などをショッピングしてお届けする、という話シンガポールのビッグクラスターは建設業などに従事する移民労働者のタコ部屋暮らしの環境で大発生したという話。一旦規制緩和されたドイツやオランダなどで、東欧などからの移民労働者からなる食肉工場において大量感染者が発生したという話依然、内戦状態が続くシリアにおける深刻な感染拡大の話。いずれも社会的弱者がコロナによってさらなる弱者になる構図を浮き彫りにし、普段は目に見えていない社会の影という景色を私たちの前に突きつけるものだったが、以下にご紹介する記事「スウェットショップでの感染爆発」(拙訳)もまた、そうした世界各地で起きている出来事と同根の、私たちの価値観やライフスタイルの矛盾、残酷、欺瞞を浮き彫りにするものだ。(ツァイト紙 オンライン版 2020年7月8日発信)

騙されたと思って、まあ読んでみてくださいな。何しろ、ひどい話。

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「スウェットショップでの感染爆発」

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英国のテキスタイル産業拠点、レスターでは、ロックダウンにもかかわらず、コロナ対策を無視したまま、工場は稼働を続けていた。ファストファッションの搾取システムについてレポートする。

ロックダウンの終了に沸き立つロンドン。おしゃれな人たちが最新のファッションを身にまとってパブに集う。若者に人気があるのはBoohooというブランド。おしゃれで安い上、オンラインで簡単にポチッとするだけで手に入る・・・少なくとも昨日までは・・・。というのも、Next、Asos、Zalandoなど、大手オンラインショップがBoohooへの納入業者たちの酷すぎる労働条件に対する抗議のために自社サイトからBoohooブランドを削除したからだ。

イギリスのファッションコンツェルンBoohooは、極端な低価格を謳ってきた。ウェブサイト上では70パーセントオフもザラだ。サマードレスが10ユーロ、サイクリングショーツが4ユーロ。スローガンは「新しい自由、それは新しい服」。「スタイルは眠らない。私たちも眠らない。わずかのお金で素敵に見えるように我々は毎週500着以上の新しいモデルを提供し続けます」

眠らない・・・レスターでBoohooやPrettyLittleThingsブランドの安価な服を生産し続けてきた男たち、女たちにとっては確かにその通りだ。コロナのロックダウン中にもかかわらず、彼らは感染予防対策も一切与えられることなくひたすら働き続けてきたのだ(アクション団体Labour Behind the Labelsが6月に同社の労働条件対して行った調査による)。 コロナが工場内に蔓延するのは時間の問題だった。スーパーマーケットの従業員や学校職員たちにも感染の波が押し寄せ、レスターは新たなロックダウンを余儀なくされ、新たな感染爆発の原因究明が急がれている。

英国でも食肉工場における労働条件が新たな感染を招いた事例は複数あった。だが、レスターのケースはまた別だ。そこでの感染源は、違法な仕方で生産活動を行う衣料の縫製工場、いわゆるスウェットショップだったからだ。レスターには労働許可を持たぬ住民が多く居住している。違法に雇用されているため、病気になっても黙って仕事を続けるしかない。そういう圧力のもとに生きている人々だ。「俺だってそうして働いてきたんだ。だけど死ぬこともなかったじゃないか」ーー従業員たちは上司にそんな風に言われるのだという。

「わかってるだろうな。お前たちはここでは不法労働者なんだってことを」

これはJaswal Fashionsという工場で、二日間、身分を隠して働いたサンデータイムズのジャーナリストが実際に経験した話だということだ。時給は3・5ポンド、法で保障された最低賃金の半分にも満たない額だったという。仕事は、Boohooグループに属するブランド、Nasty Galの衣料の梱包。自分の仕事については他言無用。「お前は違法に雇われてるってこと、わかてってるな」ロックダウン中にもかかわらず、マスク義務からディスタンスルールに至るまで、感染予防策はまったく取られていなかった。

サンデータイムズのこの記事公開後、英国政府は激怒した。パテル内務大臣は国家犯罪局(NCA)の介入させることにした。捜査の焦点はレスターで法に抵触する現代版奴隷労働があったかどうか。「これは荒稼ぎのためにスウェットショップで労働者を搾取する者すべてに対する警告だ」と内務大臣。またハンコック保健大臣は、レスターにおける衣料業界の状況に「深刻な疑念」を抱いていると発言。

Boohooの経営陣はこの記者が働いたのはどこの工場だったのか即座に調べさせ、「当社のサプライヤーを調査し、どんな契約違反が行われていたかを調査する」と発表。また今後はそうした労働慣行を許さない旨を述べた。

政府や経営陣のこうした反応は、だが偽善的だ。レスターにおける労働搾取はもう長年、周知のことである。今回の新事実はそこにではなく、ロックダウン中にもかかわらず、業務を続行していたという点にある。さらに、前述のLabour Behind the Labelsの報告によれば、工場で従業員たちを働かせ続けていたにもかかわらず、その間、国からの休業補償の支給を受けていたケースもいくつかあったということだ。

レスターは古くから英国アパレル産業の拠点だった。1960年代にインド、パキスタン、バングラデシュからの経済難民が仕事を求めて多数、レスターにやって来た。その後、アパレル業界の労働市場拠点が東アジアに移動してから数十年ののち、2007年にレスターは突然の潮流の変化を経験することになる。理由はいわゆるファストファッションと生産のニアショアリング(近隣国へのアウトソーシング)だ。ファッションは遠いアジアでの縫製から、ヨーロッパ、売上市場の近場での縫製へとシフト。これまでアジアからの輸送にかかっていた最大六週間の時間がこれで節約されることになる。そして運送時間の短縮により、布地やカットなどをファッショニスタやインフルエンサーたちの好みにより迅速に対応させられるようになる。こうして新しいファッションの売り上げも上がるという道理だ。

Boohooグループはこのビジネスモデルを採用。傘下にはNasty Gal、PrettyLittleThings、 MissPap、BoohooMAN、Karen Millen やCoastなどのブランドが連なる。コロナ渦中、さらにここにOasis とWarehouseが加わった。こうして Boohoo は現在、英国で最も著しい成長を遂げるアパレルコンツェルンとなった。再び前述のアクション団体 Labour Behind the Labelsのレポートによると、Boohooの生産量のうち、75〜80パーセントはレスターの工場がになっているものだという。今年の6月のについていえば60〜70パーセントがレスターだったそうだ。

レスターでは1万人を超える男女がおよそ1000の町工場やアトリエで従業しており、その多くは違法な雇用関係にある。レスター大学の報告によると、インドの街グジャラットではイギリスで働けば、3000ルピーを月給でなく週給で稼げるといわれているそうだ。それは30ポンドに相当する額だが、それでは英国では暮らしていけないということはかの地では誰も知らない。だから彼らは親族の誰かをつてに違法に英国に入国し、縫製工場の換気もままならぬ過密な部屋でミシンの音の嵐の中、最もチープな服を縫い続けるのである。そしてそのおかげで、「どんな女の子だって夢のワードローブを実現できる」のだーーBoohooのサイトで謳われているように。

ほとんど誰も労使契約を結んでいない

こうした違法な企業活動については、レスター大学のニコラウス・ハンマーとレカ・プルゴーがすでに大規模な調査を行なっている(2015年)。迅速な対応を可能とするために、工場は小さな町工場に下請けさせる。生産チェーンの一角でなんとかやっていくために、これら下請けは相当な低賃金で稼働するほかはない。下請け工場は労働課当局の監視を免れ不法な雇用を行なっていることが多く、最低賃金の半分程度の給料しか払わないのが普通だ。労働者たちの75%くらいは雇用契約も結んでいない。ファストファッションのこうした問題について同調査が報告しているにもかかわらず、労働保護法は無策のままである。

なぜ英国はこの問題を放置するのか。英国政府はEUが課す労働者保護の厳しい縛りをEU離脱で緩め、国際競争力をより高めることを目論んでいるのかもしれない。英国にとって衣料品の米国への輸出は、ワシントンとの自由貿易協定における最も重要なポイントの一つである。

すでに2015年、前述のレスター大の著者は報告された雇用慣例を改めさせるよう政府に要求しているが、なんの動きも見られなかった。昨年、議会委員会にアパレル業界を調査させたマリー・クリー代議士は、BBCの取材に対し、工場が閉鎖されても数日後には別の道に別の名前で新しい工場を開くような具合で、何しろこの業界をきちんと監視するのは非常に難しいと答えている。

コロナのロックダウン中、労働局も感染の危険を避けるために役所を閉鎖していた。レスターの労働者たちは、だがその期間、普段以上に働かなければならなかった。なぜならBoohooやPrettyLittleThingsのオンラインショップのオーダー急増に対応しなければならなかったから。何しろ監視機関自体が閉じているのだから、そのことが露呈する危険もなかったのである。

「お仕事頑張って! エンジョイ!」ーーこれもまた、Boohooのサイトで謳われているメッセージである。

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(以下、記事を読んで思ったことあれこれ)

そもそもこのBoohooが何かも知らなかった私は、コロナで帰省したまま大学に戻れないでいる娘に訊いてみた。

「ああ、すごい有名。誰でも知ってるよ」

記事中に言及されているブランドは「全部知ってる」そうである。

あなたもそこで買い物してるの? と尋ねそうになったけれど、やめておいた。数年前までフェアトレードのセレクトショップを経営していた母の娘でもあり、アパレル業界における児童労働を含む劣悪な労働条件や環境への負荷等について彼女は一応、結構理解している方だと思う。けれど、日々、インスタ上などで目にする、おしゃれで綺麗で羨むばかりのライフスタイルを送っているらしいモデルやインフルエンサーたちのファッションに全く無関心なはずもないし、コロナ前の大学生活ではしょっちゅうなんとかボールだとか、なんとかソーシャルだとかがあって、ドレスアップする機会には事欠かなかったらしい。そして自由にできるお金には当然限りがある。「いいものを長く」などという空疎な言葉がインスタ嵐の中に生きる若い人たちに対して説得力を持たないことくらい私も重々承知している。

引きこもる住まいが一応あり、ホームオフィスで仕事ができる人もいれば、パフォーマンス、美容、理容関係、店頭商売、飲食業など、この間、仕事ができなかった人もたくさんいた。食品店以外、全ての小売店が三ヶ月もの間、閉まっていたのだから、オンライン以外に買い物の手段はない。それが欧州に住む多くの人の現実だった。

もともと引きこもりだし、案外平気だった、という人もいれば、一つ屋根の下に夫婦と子供達が24時間、顔を付き合わせる日々に根をあげた人もたくさんいた。せっかくだから、と、プロジェクトをたてて充実した時間を過ごせた人もいれば、無為な三ヶ月に失望感や無力感を抱いている人も少なくない。しかし何れにしても、私たちは自分の意志で危険を回避するというチョイスがあったけれど、ディスタンスもマスクも換気もできない状況でこの間、毎日、奴隷のように働き続けていた人が同じ欧州にこれほどたくさんいた、という事実はやはり衝撃だ。

せめてもの救いは、コロナによって社会の、世界の色々な負の側面がさらに可視化されたこと。そこから一人一人が学び、小さな範囲で自分のライフスタイルを軌道修正し、自分たちに与えられた「チョイス」(何を買うか、買わないか、買うならどう買うか、など)を有効に生かしていきたいものだ。ことは「どこかの極悪非道業者」を「なんてひどい!」とこっち側から糾弾して一瞬、憤慨すればいいというものではもちろんない。「どこかの極悪非道業者」を含むシステム全体の恩恵やおこぼれにあずかって「安くて得した」「こんな可愛い服がたったの10ユーロよー」と喜んでしまう自分たちもまたコプレイヤーであり、システムの一部であるということを理解しないと始まらない。はい、そこです、問題は。

ベタな結論だけれど、コロナで色々なことに「こりごり」している今現在の気持ちを、これからもなるべく忘れずに持続させていきたい。たった一人でもゼロよりはマシ。

上記の記事は娘にも転送しておいた。

「読んだよ」

うん、それでいい。とりあえず。



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