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【キャリアを考える】 私の場合。

小学生のころ、文章を書くのが得意でした。
だから書く仕事を職業に選びました。

でも、学生時代には書く仕事の意味もよくわからず、選んだのが新聞記者。
新聞記者って、モノを書くためには自分で題材を探し、取材してこなければ始まらない仕事でした。
「あ、違う」と思ったところで、あとの祭り。
人見知りのため、アポを取ってある取材でさえ緊張してしまって、取材先に到着しても、なかなか車から降りることができませんでした。

役所の広報課や記者クラブによくリリースを入れてくれる課の方々はマスコミ対応にも慣れていて、私はとても可愛がってもらいました。
「メディアの方には公開していません」と扉を閉められそうになった会議に、
「あ、彼女は大丈夫。今日は勉強させてあげて」と入れてもらえたり。
パン屋へ行けば山ほどのパンを。お団子屋さんからは団子100本!とか。
上司には「物じゃなくて、ネタもらってこい!」と怒鳴られてばかり・・・。
記者として誇れる実績は皆無でしたね。

それでも1社目では、「自分のキャリアって・・・」などと悩むこともありませんでした。

壁にぶち当たったのは、海外の日系企業の現地社員として働いた2社目。
妊娠が発覚して、クビになった時です。
時代はまだまだ男性優位。男尊女卑、セクハラなんて言葉もない時代のこと。
「お腹の大きな人をお客さんの前に出せないでしょ。恥ずかしい」と言い放った上司。
この「恥ずかしい」が最も許せないセリフでしたが、契約社員だったこともあり、泣く泣くクビを受け入れました。
「こんな人の下で働き続けることは無理」というのもありましたね。

出産後、再就職するわけですが、それがクビになった会社にとって、1位2位を争う大口の取引先だったのは、ちょっと笑える話です。
再就職先の上司は面白がって、私にいろいろと無茶な交渉事を任せました(笑)。
ま、かわいいものです。

では、キャリアコンサルタントになった理由は?
男女雇用機会均等法とかうまいこと言いながら、女性だからという理由で理不尽な扱いに泣き寝入りする状況など、女性にはまだまだ厳しい時代。
それを身を持って感じたこともありますが、もともと相談業務のカウンセラーに興味があったから、ですね。
心理職に就くには大学の専攻が違ってしまっていたため、キャリアコンサルタントしか選択肢がなかった・・・とも言えますが。

悩んだとき、誰かに相談したい。話を聞いてもらいたい。
そんな人の傍で、寄り添える存在になれたらーーと思ったからでした。

キャリア支援って、「就職相談」の話だけではありません。
むしろ、仕事探しはいろんなツールを使って自分自身でやればいいもので。
それよりも、「自分らしさ」を知り、人生の大半を過ごすことになる職業人としていかに生きるか。それを考えることはとっても難しいことです。さらに正解もありません。

私は心理カウンセリング(=メンタルヘルスケア)も人生に必須だと考えていますが、同時に、キャリアカウンセリング(キャリア教育も含め)も人生には必須ではないかと思っています。
厚生労働省には、キャリコンの人数を増やすことだけでなく、有資格者が活躍できる仕組みやフィールドを増やすことにも力を入れてもらいたいですね。

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